ルバイヤートを訳してみた(前編)

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はじめの歌 

おはよう! 朝が夜の器に石を投げこみ
星々を追い散らした
ごらん! 夜明けの狩人の光の投げ縄に
スルタンの塔も捕らえられた


2番目の歌 

夜明けの酒亭に響いた声を
わたしは夢うつつに聞いた
「愛すべき人たち 早く起きて杯をみたせ
 いのちの酒が 乾いてしまわないうちに」


3番目の歌

鶏鳴とともに 酒亭の前で
待っていた人たちが叫んだ
「早く戸をあけろ! おれたちの滞在はあまりにも短い
 いったん旅立てば もう二度と戻ってこられないんだ」


4番目の歌

新しい春の訪れに 若い日の夢もよみがえる
孤独の場所で ものおもいにしずむ魂よ
そこでは 枝にモーゼの白い手が花と咲き
大地からは イエスの息吹が立ちのぼる


5番目の歌 

イーラムの庭園都市は薔薇とともに滅び
ジャムシド王の七環(ななわ)の杯は失われた
けれども いまもなお水ぎわの廃園に花は咲き
葡萄の木は昔ながらの紅の実をたわわにつける


6番目の歌 

ダビデのくちびるは閉ざされたままだけど
ナイチンゲールは今も昔も高らかに告げる
「ワイン、ワイン、ワイン、赤いワイン」と
色あせた薔薇のほほを紅に染めんばかりに


7番目の歌 

へい 杯をみたせ
春の火に 後悔の冬着を脱ぎすてろ
時間の鳥は遠くまでは行けないのに
ほれ もう飛んでいるぜ


8番目の歌 

千の花が咲き さけられなく
千の花が散るように ある日
初夏の薔薇に 見おくられて
ジャムシド王も 土にかえる


9番目の歌 

さあ 年老いたハイヤームとともにおいで
大王たちのことは忘れてしまおう
英雄は好きに戦っていればよいし
富豪は宴会に明け暮れていればよい


10番目の歌 

耕作地と荒野を分かっている
細長い草の道に沿って行こう 
玉座にあったマームド王には気の毒だが
この地ではスルタンも奴隷もひとしく名をもたぬ


11番目の歌 

木蔭に パンと酒と詩集
そして かたわらで
きみが歌えば
荒野も楽園


12番目の歌

ある者はこの世の権勢を追いもとめ
ある者はあの世の楽園にあこがれる
おお それらは遠いドラムのひびき
大事なのはいましかと手のうちにあるものだけ


13番目の歌 

風のなか 薔薇のささやき
「見て 笑って咲いたの
 絹の花ぶさの やぶれから
 なかみの宝 まき散らすの」


14番目の歌 

おおいなる希望はやがて灰となる
かなえられた幸福もすぐに終わる
砂漠の塵の上にふる雪のように
ほんのひととき輝いて・・・消える


15番目の歌

黄金の粒をがめつく貯める人たちも
雨あられと風にまき散らす人たちも
埋葬されたら金ではなくただの土で
あとから誰も掘りかえしたりはしない


16番目の歌 

いまは荒れ果てた このキャラバンサライ
その扉が 昼となく夜となく装いをかえて
迎えては送った 何代ものスルタンたちも
そこにいたのは束の間 みんなすぐに旅立った

※キャラバンサライは隊商用の宿泊施設


17番目の歌 

栄耀栄華をきわめたジャムシド王の宮殿跡は
ライオンとトカゲの巣窟になりはて
狩りの達人バーラム王は その頭を
野の馬に踏まれても 目が覚めずに眠っているという

※バーラム王 ササン朝ペルシャの皇帝。狩りが得意だったがその狩りに出かけて行方不明になった。


18番目の歌 

ときどき思うのだけど 薔薇がこんなに赤いのは
この地に葬られた 帝王の血を吸ったからではと
庭一面のヒアシンスにしても  死んだ美少年の
頭の傷から うまれ出たのではないかと 


19番目の歌 

喜びの川のくちびる 水のほとりの
うるわしの緑の草むら その草の葉に
そっと身をあずけましょう まことに
美しい誰かの 唇かもしれないから


20番目の歌 

愛する人よ 今日は飲もうね
悔いと怖れのうさ晴らしにさ
明日は? 明日は とっくに 
七千年の昨日のなかにあるよ


21番目の歌 

愛すべき最良の人たち 豊作の年の葡萄から
時間と運命がはぐくんだ いちばんの友人たちも
ひとめぐりふためぐり 杯をまわしては
のみほした順に ひとりずつ黙って立ち去った


22番目の歌 

かれらが いなくなった部屋で 新たな夏の
花々を飾り 陽気にはしゃぐ われらとて
いつかは 土の寝床に入るのだ そして今度は
われらが 土の寝床となる 誰かのために


23番目の歌 

残された時間を だいじに過ごそう
わたしたちが土となる その日まで
土は土へ そして土のもとで眠りにつく
酒も詩も歌姫もなく 終わりもなく


24番目の歌 

今日の生活にあくせくする者たち
明日の理想に目を奪われた者たち
暗闇の塔からムエジンが叫ぶ
「ばか者ども 報いはどこにもないぞ!」

※ムエジンはモスクの塔から呼ばう僧侶


25番目の歌

生と死のふたつの世界について
さかしらに議論した聖者と賢人たち
かれらも結局 愚かな預言者のように糾弾され
その言葉は蔑まれて 口は土でふさがれている


26番目の歌

賢者の言葉はさておいて 老いたるこの私の
話を聞きたまえ たしかなことはひとつだけ
人はかならず死ぬのだ そのほかのことは絵空事
ひとたび咲いて散ったら もう二度とは戻らない


27番目の歌 

わたしも若いときには 博士や聖人のもとを
熱心にたずね ご高説をたまわったものだが
どこから入っても また同じ
入り口にもどるばかりだった


28番目の歌 

みんなとともに知恵の種をまいて
惜しみなくこの手で育てたのだが
収穫したのはただこれだけ
「水のように来て 風のように去る」


29番目の歌 

どこからか わけもなく
水のように 流れてきて
荒野を渡る 風のように
どこかへと 吹いてゆく


30番目の歌 

何のことわりもなく連れ込まれて
何のことわりもなく追い出される
やるせない思いの慰めに もう一杯
もう一献と 杯をかたむけよう


31番目の歌 

大地からのぼって 第七天の門をぬけ
土星の座へと たどる道すがら
多くの難問を 解いたけれども
ついに明かせなかった 死と運命のことわり


32番目の歌 

扉があった 鍵がなかった
幕がおりていた のぞけなかった
おれとか おまえとかいう声がしていたが
じきに静かになって みんな消えた


33番目の歌

めぐりつづける天に問うた
「暗がりでつまづく人の子らの
 道を照らすのはどんなランプ?」
天は答えた「とにかく われを信じよ」


34番目の歌

さかづきに くちづけし
いのちのひみつを きいてみた
くちづけをかえして さかづきはささやいた
のむがよい ただいちどの いのちのかぎり


35番目の歌

わたしにささやくこの杯も かつて
浮かれ騒ぎしたものの化身かもしれない
いま触れる この冷たい唇も いくたび
くちづけを受け また 与えたことだろう


36番目の歌

ある日 夕暮れの市場で 陶工が粘土を
ばんばん 叩いているそばを通ったとき
「もとはおれも人間 やさしく扱ってくれ」と
消え入りそうに呟く 土くれの声を聞いた


37番目の歌 

ああ 酒をのもうぜ 時は足もとを
流れ去るばかり まだ見ぬ明日や
逝った昨日を 悩むのはやめよう
いいじゃないか 今日が楽しければ


38番目の歌

滅びの荒野にある ひととき
命の泉でくちすすぐ ひととき
急げ! 空から星が消えかけて
隊商は 虚無の夜明けへ旅立つ



(後編につづく)
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by puffin99rice | 2016-04-02 17:57 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)

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