村野四郎「体操詩集」について
2017年 06月 27日
次の詩を読み設問に答えなさい。
花のように雲たちの衣裳がひらく
水の反射が
あなたの裸体に縞をつける
あなたはついに飛びだした
筋肉の翅で
日に焦げた小さい蜂よ
あなたは花に向かって落ち
つき刺さるようにもぐりこんだ
やがて あちらの花のかげから
あなたは出てくる
液体に濡れて
さも重たそうに
設問 この作品は何を表現しているのか、ふさわしい題名をつけなさい。
※
もう大昔のことになりましたが、学校時代、現代国語のテストに上記のような問題を出されたことがあります。
教科書外からの出題で、詩といえばせいぜい中原中也と、やなせたかしくらいしか知らなかった私には、この詩はやけに新奇なものに思えました。いまなら、言語のふしぎな機能美にうたれて眩暈をおぼえた、と書くところです。つまり、カルチャーショックでした。
ところで、私はこのとき正解(?)できませんでした。「蜂と花の情事」(笑)と書いて、力いっぱい、バッテン。
テスト終了後に、問題を作ったM先生が得意げに言いました。
「この詩は、村野四郎という詩人の『体操詩集』のなかの1篇です」
後日、採点の結果を聞いてびっくり。ずばり「飛込み」と答えることができたのは、50人中たったの1人だったからです。あー、水泳の種目のことか。なるほどユーレイの正体見たり枯尾花。
その日から私はその同級生に敬意を払うようになったのですが、その反面、詩をクイズのように扱ってぼくらを嘲弄したM先生には腹を立てました。
けれども、あとでよく考えてみると、ちょっと皮肉な言い方ですが、現代教育が生徒全員に同じ答を期待する傾向が強いなかで、あえて百人百様の答しか出せない形で問を発したのは、M先生の体制への消極的反抗、あるいは良心的反省、とにかく一種の洒落だったにちがいないと思い直しました。
いやいや、先生に対して何という不遜。若いときはきっとみんな厚顔無恥なんでしょうね。
いやいや、私はいまでもそうですが。
これを契機に、私は図書館で「体操詩集」を借り出して読みふけることになるのです。
そして、ひとつ呪文をおぼえました。ノイエザハリヒカイト、新即物主義。
●村野四郎(1901~1975)
府中市に生まれる。荻原井泉水の自由律俳句を経て、詩の方法意識の深化に向かった。「体操詩集」は新即物主義の成果といわれている。
初出 現代詩フォーラム 2003-10-03