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新興団地風景

タンポポの綿毛が
舞っている河川敷の
見えるベランダで
腕のふとい奥さまが
洗いたての夫を干している

by puffin99rice | 2008-04-28 21:29  

詩人のシノギ(訳詩集「於母影」の巻)

 「新体詩抄」(明治15年)の序文は日本伝統の和歌や俳句からはなれ、平俗な日常語による自由詩への道をひらく契機をはらんでいた。しかし実作のほうは七五調中心の文語定型詩であった。それも作品の完成度からいうと、詩的な生命力を欠いたものとして後世の評価は低い。その後も新体詩の試行錯誤はつづき、文語定型による日本語の訳詩を浪漫的な芸術の水準にまで高めたのが「於母影」である。
 というのが詩史の通説らしい。では、そのゲーテ、ゲーロック、シェイクスピア、バイロンなどの作品、全17篇のなかより森鴎外の手になるものとされている訳詩をひとつ。よく引用される定番の作品だから、ほかの詩にしようと思ったが、「ミルテの木はしづかにラウレルの木は高く」といったような言葉の並びが個人的に好きなので、やっぱりこれにしてしまった。作者名のゲーテがギヨウテと表記されているのもたまらん。



ミニヨンの歌
ギヨウテ


  其一

レモンの木は花さきくらき林の中に
こがね色したる柑子は枝もたわゝにみのり
青く晴れし空よりしづやかに風吹き
ミルテの木はしづかにラウレルの木は高く
くもにそびえて立てる国をしるやかなたへ
君と共にゆかまし


  其二

高きはしらの上にやすくすわれる屋根は
そらたかくそばだちひろき間もせまき間も
皆ひかりかゞやきて人かたしたる石は
ゑみつゝおのれを見てあないとほしき子よと
なぐさむるなつかしき家をしるやかなたへ
君と共にゆかまし


  其三

立ちわたる霧のうちに驢馬は道をたづねて
いなゝきつゝさまよひひろきほらの中には
いと年経たる龍の所えがほにすまひ
岩より岩をつたひしら波のゆきかへる
かのなつかしき山の道をしるやかなたへ
君と共にゆかまし





 明治21年(1888)、陸軍軍医・森林太郎(鴎外)が、ドイツ留学から帰国し、翌年に新声社訳として「於母影」を発行した。そのメンバーは、森鴎外、落合直文、市村サン次郎、井上通泰、小金井喜美子。いずれも外国語に堪能なインテリたちであった。「新体詩抄」の作者たち(大学教授)がそうであったように、今も昔も言葉の使い手は「知」の司祭でもある。なぜなら知識は言葉によって貯蔵されるからであり、好むと好まざるとにかかわらず、かれらは常に情報の最先端に立たされる。識字率が現代ほど高くなかった当時にあっては、外国の詩を読み解くツールを修得した者は、それだけでじゅうぶん特権的であったであろう。



 森鴎外(1862〜1922)は、津和野藩主亀井家の典医、森静男の子として生まれた。5歳から「論語」の素読をはじめ、翌年「孟子」を学習する。その後、四書、五経、左国史漢の復読に進む。8歳のとき父からオランダ語を、10歳で本郷壱岐殿坂の進文学社に入り、ドイツ語を学ぶ。12歳で東京医学校予科に入学。19歳で東京大学医学部を卒業して、東京陸軍病院治療課に勤務した。明治17年(1884)、23歳のとき衛生学研究のためドイツ留学。帰国後、海軍中将赤松則良の長女登志子と婚約。32歳で陸軍一等軍医正(大佐相当)、37歳で近衛師団軍医部長兼軍医学校長に就任。その後も出世をつづけ、中将相当の位にまでのぼった。退役後も帝室博物館総長、帝国美術院初代院長、臨時国語調査会長をつとめた。その一方で、卓越した言語能力を自在に操り「舞姫」「うたかたの記」「雁」「阿部一族」などを発表、日本の近代文学史上に巨大な足跡をのこした。
 ★つまり鴎外の生業は「軍人のお医者さん」であり、「高級官僚」であり、「小説家」であった。

 「於母影」は鴎外中心の詩集であったが、一応ほかのメンバーたちにも触れておこう。
 落合直文(1861〜1903)は、少年時代に漢学を学び、東京帝大文科大学古典講習科に入学、中退して軍務をつとめた後、講究所(現國學院大學)の教師となり、東京専門学校(現早稲田大学)、東京外語学校(現東京外国語大学)など、多くの学校の教壇にも立った。1893年に「あさ香社」を結成。歌人、国文学者として名をのこした。
 ★シノギの分類は「学校の先生」である。

 市村サン次郎(1864〜1947)も学習院大学、東京帝国大学などで東洋史学を教え、國學院大學学長をつとめた。
 ★やっぱり「学校の先生」である。

 井上通泰(1866〜1941)は、姫路市の松岡家の三男として生まれ、12歳で井上家の養子となる。東京帝国大学で医学を学び、眼科医を生業とする。引退後に万葉集や風土記の研究に専念し、歌人、国文学者として業績をのこした。民俗学者の柳田國男は実弟である。
 ★「目医者さん」

 小金井喜美(1859〜1944)は、帝国大学医学部教授の小金井良精の妻。森鴎外の妹にして随筆家、歌人。その娘婿の星一(ほし はじめ)は星製薬の創業者で、その息子、SF作家の星新一は孫にあたる。
 ★彼女は「大学教授夫人」



 なんだか「学校の先生」と「お医者さん」ばかりだ。「新体詩抄」の3人は東京大学という同じ職場の仲間だし、「於母影」も内輪の集まりにすぎない。このような小サロン的な、詩の愛好者のグループが、全国にいくつもあったのだろう。
 その昔、日本の国にまだ詩壇というものが形成されていなかった頃の話である。
 

 

by puffin99rice | 2008-04-15 23:02  

考える犬

雨にしとど ぬれている
なんの比喩でもなく
どんな象徴でもなく
立っているんだよな
この電柱は

by puffin99rice | 2008-04-09 20:52  

詩人のシノギ(新体詩抄の巻)

 詩人は実のところ職業ではない。農民が作物を売って生活費を得るように、労働者が労力の対価に賃金を稼ぐように、詩を売って生活するわけではない。そんな人間は少なくとも私の周囲にはいない。どこかにいるのかもしれないが見たことがない。もっとも同時代の詩人たちとほとんど交流はないが。しかし常識的に考えればすぐわかることだ。純粋に詩作品だけを持続的に販売して、糊口を凌げる者などめったにいないだろうと。そしてたぶん歴史上の詩人たちもそうだったのだろう。
 では実際かれらはカネにならぬ詩をかく一方で、どんな職業に就いていたのだろうか。それが知りたい。だから学習することにした。その場合、資料を参考に詩人の職歴を箇条書きにするだけでもよかったのだが、それではあまりに芸がないので、ついでに近代詩の歴史をたどることにした。流通している詩史のテキストを読んでまとめてみよう。軽いノリでそう思ったのが、運のツキだった。私はまたしても無間地獄の扉をあけてしまったようだ。
 つまりこれも、いつ終わるとも知れぬシリーズものである。




●<軍歌>抜刀隊/陸軍分列行進曲(全番歌詞付き)
http://www.youtube.com/watch?v=LkBIZzewlgA&feature=related


 「新体詩抄」は明治15年(1882)に、外山正一、矢田部良吉、井上哲次郎の連名で発行された。維新以後の急激な西洋化の波のなかで誕生した近代詩の、ひいては現代詩につながる日本の自由詩の嚆矢とされていて、明治の詩史は必ずといっていいほど、この本からはじめられる。もちろん、それに先行した新時代の作品群も当然のようにあった。たとえば賛美歌の訳詞や小学校唱歌の詞等。それなのに、なぜ「新体詩抄」が嚆矢とされているのかといえば、ひとえにその序文のマニフェストによるところが大きい。すなわち明治のうたは明治の日本語でうたうこと、新しい時代の意識を日常の言葉で表現することを宣言したものだったからで、ちょっと先に言った者勝ちという感じはある。訳詩14篇、創作詩5篇という構成で、どちらかというと英米の詩の紹介と啓蒙の書である。そのなかから井上哲次郎の創作詩「抜刀隊」を冒頭に引用させてもらった。のちに陸軍軍楽隊のフランス人教師シャルル・ルルーが曲をつけ、陸軍分列行進曲として歌われた。井上はそれをとても喜んだという。その時代の雰囲気と「新体詩抄」の性格を想像する手がかりとなる作品ではある。


●初音ミクにも歌ってもらった。
http://www.youtube.com/watch?v=ivdlIvP7vB0&feature=related


 外山正一(1848〜1900)は、若くして英学を修め江戸幕府の留学生としてイギリスへ渡ったが、明治維新によって頓挫。帰国 後、外務省弁務少記になり、森有札に随行しアメリカに赴いたりするも、向学の志高く、辞職して留学。ミシガン大学において哲学と化学を修める。その後、新生東京大学の教授となり、東京大学総長、文部大臣などをつとめた。

 矢田部良吉(1851〜1900)は、漢学の後、英語をまなんだ。コーネル大学を卒業し、東京教育博物館長、東京盲唖学校長、音楽学校長などをつとめ、東京大学ができると理学部の植物学教授として就任した。ローマ字の採用を説いたり、当時まだ一般的でなかった海水浴を広めたりした。

 井上哲次郎(1856〜1944)は、東京大学哲学科を卒業、ドイツに留学後、教授となる。国家主義者としてキリスト教を排撃。国民道徳を主張し、教育勅語にも関係した。

 というわけで、この三人のシノギの分類は「学校の先生」。
 それも国策に関与したエリートたちだったが、詩人というよりも啓蒙家のイメージがつよい。
 その昔、日本の国に大学がひとつしかなかった頃の話である。


●「新体詩抄」全文
http://www.j-texts.com/meiji/shintai.html

※参考文献は、このシリーズの最後に併記します。

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by puffin99rice | 2008-04-06 21:35