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スケッチ

・・・・・・父は営林署の職員だった。私たち家族は小高い丘の上に建てられた社宅のひとつに住んだ。数十軒の社宅が営林署の三階だての建物を扇状にとりかこみ、遠くから眺めると近世の城とその武家屋敷の集落のようだった。丘は段々になっており、最上段の営林署の建物から順次、所長の家、部長の家、課長の家という具合に、いわゆるエライ順に建てられていた。私たちの家は一番低い段にあり、そのすぐ前から丘全体を包囲する形で板塀がつづいていた。一番低い所といっても、じゅうぶん町を見下ろせる高さであり、家々の屋根や野や畑のつらなりの果てに、巨大な壁のようにオンネヌプリが聳えていた。玄関の横の小さな窓いっぱいに迫ってくるその山容を私は好んだ。小学生のとき古新聞紙にオンネヌプリをスケッチしはじめた。青いクレヨンばかり使うので普段でも私の手はうす青く汚れていた。私は険しい稜線や五月の残雪を念入りに描いた。やがて目の見たものを手がなぞる乖離に苛立つ感情がおこった。窓外の風景に一人の少女が侵入してきた。彼女は毎朝すぐ下の道を学校に通っていた。私は窓に額を押しつけ板塀の隙間からそれを観察するようになった。どう言ったらいいのだろう。その少女には何かが決定的に欠けているために生じる吸引力のようなものがあった。それは何か。私だけにはそれがわかった。中学生のとき千枚の山の絵と同じ数の少女のスケッチを燃やした。外形を執拗になぞることで対象に欠けているものを確信したのだ。私は彼女を待ち伏せし偶然をよそおって話しかけるようになった。雨の日に相合い傘をして「少年と少女はおない歳だった」ではじまる物語のプロセスをゆっくりとクリアした。同じ高校に入学したし同じ柄のセーターも着た。交換日記もやったし、ときどき弁当もつくってもらった。手も握ったし肩も抱いた。そのうち二人だけでバスに乗り、隣り町のホテルで情事をかさねるようになった。楽しかった、楽しかった。そして私にも彼女にもわかっていた。これはいつか終わるのだと。破局の予兆にふるえてこそ幸福な瞬間というものがある。だから、いまが最高さ、と私たちは思っていた。彼女が愛読したアルベール・カミュも言っている。「束の間のものであり同時に独自であると知っているような恋、それ以外には高邁な恋はない」と。なるほどそういうものかも知れない。そうでないかも知れない。いずれにしても後悔するだろう、ということを私たちは知っていた。しかし、最後まで私が言わなかったことがある。何かが決定的に欠けているために美しかったひとよ。あなたに欠けていたのは、この私だと。今度こそサヨナラできるだろうか。夢のなかで、いつまでも歳をとらない私の初恋よ。私は最近色エンピツで家族をスケッチするようになったよ・・・・・・


























by puffin99rice | 2011-10-26 21:19