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 1

 もちろん、みなさんはご存じのことですが、むかしドラゴンは、いまの乗合バスと同じくらいありふれたものでした。衝突したらあぶないのも、ほとんどいっしょでした。でも、由緒正しい王家のあととりは、ドラゴンを退治して、いけにえの王女を救うものだと思われていましたので、その数はどんどん減る一方、しまいには自分が助けだされるはずのドラゴンを、王女が見つけることさえ難しくなりました。
 そのうち、とうとうフランスにはドラゴンがいなくなりました。それから、ドイツにもいなくなりました。そして、スペインからもイタリアからもロシアからも、その姿を消しました。中国にはいくらかいて、現在も残っています。ただし、それらは冷たいブロンズ製の龍。当然、アメリカには、どこをさがしたっているわけがありません。
 最後の生のドラゴンがいたところは、イングランドでした。むろん、ずいぶんむかしのことです。このドラゴンは、コーンウォールの岩山のまんなかにある洞窟に棲んでいました。これがまあ、そら恐ろしい鼻先からものすごい尻尾まで70フィートもある、えらくりっぱなドラゴンでした。口から火と煙を吐き、グワラグワラとひどい音をたてて歩きました。なにしろ、その鱗は鉄でできているし、その翼はなかばひらいた蝙蝠傘のよう(コウモリの羽に似ているかもしれませんが、かるくその数千倍の大きさはありました)つまり、だれもが度肝をぬかれたのは、まったく当然のことでした。

 2

 さて、コーンウォールの王には娘がいました。王女は十六歳になったら、ドラゴンのいけにえにならなければなりません。そのたぐいの物語のくさぐさを、たそがれどき、宮廷の子供部屋でいつも聞かされていた彼女は、自分の役割がわかっていました。王女が食べられることはない。なぜなら、王子さまが助けにきてくれるから。しかし、この王女は自分がドラゴンに対して何もできないことが不満でした。王子に助けられることさえいやでした。
「私の知っている王子たちときたら、バカでガキっぽいのばっかり!」そこで王女は、父王に言いました。
「どうしてそんなのに、私が助けられなければならないの?」
「むかしから、そうと決まっておるんじゃ、わが娘よ」と王は言い、重い冠をおろして、芝生に置きました。というのも、そのとき庭に二人のほかには誰もいなかったからです。王さまといえども、たまには息抜きをしなくてはね。
「お父さま・・・」
 編み上げたヒナギクの花輪を、王の頭のさっきまで冠があったところにのせると、娘は思いきって言いました。
「ね、お父さま。バカでガキっぽい王子をひとり縛り上げて、ドラゴンの前に放り出し、そこで私が行ってドラゴンを退治し、その王子さまをお救いあそばすっていうのは、どうかしら? 私、どんな王子よりもうまくやれるわ」
「淑女にあるまじきことを!」と言うと、王はまた冠をかぶりました。向こうの方から、大臣が王のサインの必要な法案の書類をかごいっぱい持ってやってくるのが見えたからです。
「そんなことを言うもんじゃない、わが娘よ。おまえの母ぎみだって、私がドラゴンから救いだしたから后となれたのだ。身のほどをわきまえなさい」
「でも、最後のドラゴンなの。それって、特別だと思うの」
「なぜじゃ?」
「だから、最後の、だからよ」
 そう言って王女は身をひるがえし、剣術の稽古に行きました。そして猛烈に稽古をしました。どうしてもドラゴンを諦めることができません。そのために、うーんとがんばって、ヨーロッパでもっとも強く、大胆で、思慮深いお姫さまになったのですから。じっさい、彼女はいつも一番可愛くて、すてきでした。

 3

 やがて月日は流れて、はやドラゴン退治の前日となりました。この武勇をおこなうのは、不幸にも剣術の稽古を怠け、頭のなかには数学と哲学しか入ってない、大きな瞳をもつ青白い王子でした。王子が宮殿に着いたその夜、宴が催されました。食事のあと、王女はペットのオウムに手紙をつけて王子のもとにやりました。

 王子さま、どうかテラスまで来てください。ないしょのお話がありますの。

 もちろん、王子は行きました。すると、木々の黒い影をバックにして王女が立っていました。彼女の銀色のドレスがくっきりとそこから浮かんで見え、星明かりの下の水面のように輝いていました。王子は息をのみ、王女のすぐ前まで近づいて「何なりとお申しつけください」と言いました。その場にひざまずき、みずからの金色の衣装の胸に手をあてました。
「あなたはドラゴンを退治できるとお思いですか?」王女がまじめな顔でたずねました。
「そのつもりです」王子はきっぱりと言い、「さもなければ討ち死にする覚悟です」とつづけました。
「討ち死になんて、ばかげたことですわ」と王女。
「でも、騎士として、ぼくができる最上のことです」と王子。
「私が恐れているのは、それが、あなたにできる精一杯のことではないか、というのですわ」
「ドラゴンを殺せなければ」と王子は答えました。
「それがぼくにできる唯一のことです」
「何のためにそこまでするのか、わからない」と王女。
「ぼくが、そうしたいからだ。ぼくが世界中の何よりも、きみを愛している証に」
 それを聞いて、王女は彼を少し好きになりはじめました。
「ねえ、明日は私たちのほかは、誰も戸外に出ないの。みんな私を岩に縛りつけたら、大急ぎで家に帰って戸締まりをしてしまうの。あなたがドラゴンを成敗したあと、歓喜にむせぶ私をオープンカーの後ろにのせて凱旋し、勝どきをあげながら街中を巡るまで、誰も外に出てこないのよ」
「どうもそうらしいね」
「そこでね、あなたが私を愛しているのなら、全速力でやってきて、私のいましめを解いてください。そしたら、二人でドラゴンと戦えるでしょう?」
「ぼくはきみを危険な目にあわせたくない」
「自由の身で剣をふるう方が、縛られているよりもよほど安全だわ。ね、わかって」
 王子は、王女の言うことには、いやと言えませんでした。

 4

  次の日、すべては王女の言ったとおりに進みました。王子が王女の縄を切ると、二人はひと気のない山腹に立って顔を見合わせました。
「この儀式は」と王子が言いました。「ドラゴンなしでもかまわないような気がする」
「そうね」と王女。「でも、ずっとドラゴンがらみで行われてきたことなのよ」
「世界最後のドラゴンを殺すなんて、かわいそうだ」
「そうよ。殺してはだめ。人を食べないように飼いならし、餌付けしましょうよ。真心は必ず通じるって、よく言うでしょう」
「それは食べものを与えてやるってことだね。きみは何か持ってる?」と王子。
  王女は何も持ってませんでした。でも、王子がビスケットを少し持ってきてました。
「朝食が早かったからね。それに戦ったあと、きみがおなかをすかすんじゃないかと思って」
「なんて気がきくんでしょ」
 二人はビスケットを分けあって手に持ちました。そして、今か今かと待ちました。しばらく待っていました。ところが、ドラゴンの姿はいっこうに見えません。
「見て、跡がついてる」と王子が指さしました。
  岩の表面をひっかいて引きずったような跡が、道のようにつづき、そのまま暗い洞穴に消えていました。それは、サセックス街道にある砂浜で見た、カモメの足あとのいっぱいついた轍のようでした。
「ごらん、真鍮の尾を引きずり、鋼の爪を突き立てた跡だ」
「やめて。そんなこわいこと考えないで」王女が叫びました。「おじけついてしまいそうよ。もし、あなたが尻込みしたら、真心でも飼いならすことはできないわ。さあ、落ち着いて。今できなければ何もかもおしまいよ」
 王女は王子の手を握り、連れ立って洞窟の暗がりに向かって歩きました。そして、入り口の手前でとまりました。中は真っ暗です。そこで王子が呼びかけました。
「おーい、ドラゴン! 中にいるのか!」
 すると洞窟の中から、グワラグワラ、ギギギィという凄まじい音がかえってきました。あたかも巨大な紡績工場が伸びをして、眠りからめざめたかのように。二人は震えおののきました。しかし、がんばって、そこから動きませんでした。
「ドラゴン、ねえ、ドラゴン」王女が呼びかけました。「出ていらっしゃいよ。お話しましょう。プレゼントがあるの」
「おお、そうとも。知っているさ」ドラゴンが雷のような大きな唸り声をあげました。「ありがたい王女たちの一人だろ? それを戦って勝ち取るって寸法さ。ふむ、率直に言うが、おれはそんなことをするつもりはないよ。おれが辞退できないほど、えこひいきのないフェアな決闘だとしてもいやだし、仮におれが勝つように仕組まれていたって、おことわりだ。だって、そうだろ。おれが王女をほしけりゃ、いつでも好きなときにかっさらうことができたんだ。だが、おれはしなかった。だいたい王女なんか捕まえて、おれがどうするっていうんだよ」
「食べるんじゃないの?」王女が少しふるえ声で言いました。
「実にくだらん」ドラゴンがつよく言い返しました。
「おれは、そんなことしない」
 それを聞いて、王女はちょっと安心しました。
「ビスケットはいかが?」
「結構だ」とドラゴンは唸りました。
「砂糖のついたちょっと贅沢で、とてもおいしいビスケットでも?」
「結構だ」
「じゃあ、どうしてほしいんだ?」王子がたずねました。
「あんたらが立ち去ってくれることだ。もう、おれにかまわないでくれ」とドラゴンは吠え、またひっくり返ってしまった音が聞こえました。その音は、まるでウリッジの武器工場の蒸気ハンマーのように、けたたましく、やかましく洞窟の中で反響しました。

 5

 王子と王女は顔を見合わせました。どうしたらいい? まさか手ぶらで城に帰って、王にドラゴンは王女をほしがりませんでしたとも言えません。なにしろ王は昔気質の人だから、そんなふうに従来とまったく違うドラゴンがいるなんて信じるわけがありません。二人は洞窟に入ってドラゴンを退治することもできませんでした。だいいち、ドラゴンが王女を襲わない以上、そんなことをするのはまったくフェアでないように思われました。
「かれにだって好きなものがあるにちがいないわ」
 と王女はささやき、ハチミツとサトウキビのような甘い声で呼びかけました。
「ドラゴン! いい子だから出ていらっしゃいよ!」
「何だって?」ドラゴンが叫びました。「もう一度言ってくれ!」
 二人は、ドラゴンが洞穴の闇の中をかれらに向かってくる音を聞きました。王女はたじろいで、とても小さな声で言いました。
「ドラゴン・・・いい子だから・・・」
 ついにドラゴンがその姿をあらわしました。王子が剣を抜きました。王女も、王子が自動車で運んできてくれた美しい銀の柄のついた剣を抜きました。でも、かかっていきませんでした。岩に沿ってドラゴンがその途方もないうろこ状のからだの全体をあらわすにつれて、二人は後ずさりしました。そのなかばひらいた巨大な翼と銀色の皮膚の光沢が、陽をあびてダイヤモンドのように輝きました。とうとう二人は、岩がじゃまをして、もうそれ以上うしろへ下がれないところまで追い詰められました。二人は岩を背にし、剣をかまえて待ちました。
  ドラゴンはどんどん近寄ってきました。かれは二人が恐れていたような火も煙も吐いていませんでした。それどころか、じゃれつきたいのだけれども、相手にしてくれるかどうかわからないときの子犬がよくやるように、ちょっと身をくねらせて二人の方へおずおず這ってきました。
 二人は、大粒の涙がドラゴンのかたい頬を伝って流れおちるのを見ました。
「いったいどうしたっていうんだい?」王子がたずねました。
「今の今まで、誰も」とドラゴンが涙にむせびながら言いました。「おれを、いい子って呼んでくれたことはなかった」
「泣いちゃだめじゃない。いい子のドラゴン」と王女が言いました。「私たち、これからはいつでも、いい子って呼んであげるわ。あなたを飼いたいの」
「おれを飼う、って」とドラゴン。「そんなことが・・・。あんたら以外に、今まで誰も考えつかなかったことだ。おれが、あんたらに飼われるとは」
「何を食べるの、いい子のドラゴン?」と王女。「ビスケットは?」
 ドラゴンは重い頭をゆっくり横に振りました。
「ビスケットじゃないの?」王女がやさしく言いました。「じゃあ、いったい何かしら? いい子のドラゴン」
「あんたらの親切は、おれを従順にさせる。今まで誰もそんなふうに、おれたちに向かって、何を食べるか聞いてくれたやつはいない。いつもすぐ取り戻すくせに王女を差し出すだけだった。それから、王の健康を祝して乾杯しましょう、と言ってくれたこともない。なんてひどい仕打ちだったんだ」ドラゴンはまた泣きました。
「それじゃあ、ぼくたちのために乾杯してよ」と王子。「ぼくたち、今日、結婚するんだよね、お姫さま?」すると、王女は、そういうことね、とこたえました。
「おれが、あんたらのために乾杯してもいいのか? ああ、なんて、あんたは紳士なんだ。喜んでそうさせてもらいますとも、王子さま。おれは、あんたとその素晴らしい奥さまの健康を祝して、「一滴の・・・」と、かれは口ごもり、「・・・お、お言葉に甘えて、はい、王子さま、ただ一滴のガガガガガガガガソリンで、乾杯させていただきます。そ、それがドラゴンの好物なのです。王子さま」と言いました。
「それなら自動車にたくさんあるよ」と王子は言い、電光のようにすばやく山を下りました。王子には人を見る目があったから(もちろんドラゴンを見る目も)王女ひとりきりにしても大丈夫だと思ったのでした。
「あんたの親切に甘えて、思いきって言うが、あの紳士が戻ってくる間に、もう一回、いい子って呼んでおくれ。そして、みさかいもなく暴れたことはないのに恐れられてきた、この気の毒で、くたびれたドラゴンと握手しておくれ。そうとも、最後のドラゴンは、ドラゴンの有史以来、もっとも誇り高いのだ」
  ドラゴンは巨大な前足をあげて、そのごつい鋼のかぎ爪を王女の手にさしだしました。それはまるで動物園の檻のすきまから手をだして、そおっとパンくずをとろうとするヒマラヤ熊のようなしぐさでした。
 かくて、王子と王女は後ろにドラゴンをペットの犬のように従えて、意気揚々と城に帰りました。そして、披露宴がとりおこなわれました。その席で、新郎新婦を祝して、ポチ(王女がつけた名前)ほど、たらふく飲んだ者はいませんでした(たぶん、ガソリンだからね)

 6

 やがて幸福な二人がその領地に落ち着いたとき、ポチがやってきて、自分をぜひお役に立ててほしいと頼みました。
「おれができることがあると思うんだ」ポチは翼をばさばさ鳴らし、かぎ爪をのばして示しながら言いました。
「おれの感謝の気持ちは、言葉では言いあらわせないが、この翼やかぎ爪などで、何かお役に立てると思うんだ」
 そこで王子は、かれのために、特別製の鞍か象かごのようなものを作らせました。それは非常に長くて、まるでたくさんの路面電車をぴったりくっつけた、その座席の部分みたいなしろものでした。これには百五十の座席がついていました。それで、子どもたちの一行を喜んでビーチに運びました。ドラゴンは、百五十人の小さな乗客たちをのせ、かるく空をとびました。そして、かれらが帰る時間になるまで、砂の上にすわり、辛抱強く待っていました。他人に楽しみを与えるのが、一番の好物になったドラゴンでした。
 子どもたちもドラゴンが大好きで、いつも「いい子のドラゴン」とかれを呼びました。するとドラゴンはきまってその目に愛と感謝の涙をうかべたのでした。そのように、かれは役に立ち、また大切にされて過ごしました。時代が移りかわるまでは。
 あるとき、ドラゴンは誰かが自分のことを、もう時代遅れだと言うのを聞きました。たしかに、新しい機械の時代でした。かれはひどくがっかりして、いまや王となった飼い主のところに行き、もう少し今風のものに改造してくれるように頼みました。心やさしい王は、すぐにかれを機械の身体にしてやりました。
 そうですとも、そのドラゴンは、世界初の飛行機になりました。
 

                                                                                                                   (おわり)






コーンウォール(Cornwall) イングランド南西部端の州。
サセックス(Sussex) イングランド南東部の旧州。
ウリッジ(Woolwich) ロンドン東部の地区。もと陸軍士官学校の所在地。



※ Edith Nesbit(1858ー1924)
「砂の妖精」の作者。20世紀ファンタジー文学の先駆者の一人。不遇な実生活にもかかわらず、その作品は明るくユーモアにみちたものが多い。本編は、パフィン文庫の「The Last of the Dragons and some others」から訳出してみました。

 

        初出 1992年 同人小説集第9号
by puffin99rice | 2014-11-24 22:52