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春とシュラ

誰が吹いたか知らないが、ひと吹きの風がごちゃまぜの花の香気を運んできた。開け放されていた窓から侵入してレースのカーテンにぶつかった。カーテンは後ろへ飛びのくような格好で家の内側にふくらみ、左右に風を逃がすとおもむろにもとに戻った。
芳しい置き土産が残された。
シュラはちょうどカーテンの真下、樫材の机の上に寝そべっていた。まどろみながら、拡散して落ちてくる花の芳気を嗅ぎわけた。
(ウメ、ハクモクレン、サクラ、フリージア、モモ、ジンチョウゲ・・・ちぇっ、食い物はないな)
シュラは目を覚ました。大きく伸びをすると、これまた大きく欠伸をした。
(さあて、と)シュラは四肢をふまえて立ち上がった。そしていつものように(何して遊ぼう)とは思わなかった。することは決まっていた。昨日にひき続き「ガールハント」。そう、シュラはいわゆる「さかり」がついたのだ。
ネコの発情期がいつごろ起こるものなのかはっきり知られているわけではないが、どうやら一日に浴びる光の量に関係ありそうだ。というのも、ここ二週間ばかりいい天気が続き、日だまりで連日うとうとしていたら、下半身の一部がむずむず、わくわくしてきたというわけ。
で、毎日パートナーを求めて外出をくりかえしているシュラだった。
しかし、なにぶん初めてのことなのでうまくいかない。メスネコを見かけたら、やみくもに突進するものだから、ひっ掻かれるわ、噛みつかれるわ、あげくに逃げられるわで、シュラは体中生傷だらけになってしまった。
「ふう」
シュラは机の上に座りなおして毛繕いをはじめた。まず右の前足をなめ、それから左のをなめ、順番に体中の毛をざらざらした舌でなめくりまわした。とくにひっ掻き傷は念入りに。
(今日は大丈夫だ)
シュラは、いや、シュラの下半身は自信満々だった。なにしろ困り果てたシュラは昨夜、定期集会に出たおり、長老のゾシマに相談したのだから。
ネコは単独生活者と見られがちだが、同じエリアの他のネコたちとは結構うまくやっている。夜、親睦をはかるために集会をひらくというのも、ネコの知られざる習性のひとつ。もっとも、集会といっても議論をかわしたり、多数決をとったりするわけではない。近所のネコどもが誰が呼ぶともなく神社の境内にやってきて円陣をつくり所在なげに座っているだけのこと。
そのネコたちのなかで、ひときわ目立つのがゾシマだ。体中白くて厚い毛におおわれているのに、顔の部分だけ無毛で、もう何百年も生きているかのような皺が無数にはしっている。そのため、どれが目だか口だか、さっぱりわからないのだ。ただ皺のひとつが突然ひらき、ぴかっと光ると、それが目だとわかり、赤い舌が、ぬめっと見えると、それが口だとはじめてわかるというシロモノなのだ。実際、ネコかどうかも疑わしい。みんなは彼を畏怖をこめて長老と呼ぶ。一部のものは、うす気味悪がって陰で「バケネコ」とか「ネコマタ」とか呼んでいる。ゾシマのもっとも著しい特徴は、その長いシッポの先端が三つにわかれていること。それが常ならぬ神秘と隠されたパワーを辺りに放つ。
その集会で、シュラは恐るおそるゾシマに悩みを打ち明けた。
「色気づきおって、こんガキァ」
ゾシマの顔の皺のひとつがぱかっとひらいてすばやく閉じた。シュラは一瞬たじろいであとずさりした。
「しかし案ずるな。おなごを得るためには古代からのしきたりを守り、呪法を唱えればよいのだ。わしが、みっちりと教えてしんぜよう」
それを聞いて、シュラは喉をごろごろ鳴らした。
「おなごに出会ったら、まず第一に・・・」
ゾシマが講義をはじめても他のネコたちはまったく無関心で、相変わらず好き勝手な格好で座ったり寝ころんだりしていた。自分の身にふりかかったことではないからどうでもいいと思っている様子だった。いやいや、思ってさえいない。
(まだ起こっていないことを考えるなんて面倒くさくて)
ネコたちはいつもそんな表情をしている。

そういうわけだから、今朝のシュラは意気揚々としていた。ゾシマから長時間にわたって伝授された事柄は、まるで魔法の力のように全身にみなぎっていた。(とくに下半身は歩くのもままならぬほど怒張していた)
しかし、聞いたことのほとんどをもう忘れていた。かすかに覚えているのはゾシマの話のかけらの、そのまたかけらにすぎない。それでもネコは「いまあるもの」がすべてなので、シュラは話の大部分を失念したことに少しも気づいていない。ネコ族にとってはそんなことは大した問題ではないのだ。ゾシマもそれを見越して言っている。
「すべてを頭に入れておくことはない。むしろ片っ端から忘れるがよい。本当に必要なもの、それはお主が本来もっている力なのだが、その力はお主が陥った情況にふさわしい形であらわれるものだからじゃ」
とはいうものの、最低限おぼえてなければならない呪文があった。シュラの場合は求愛の神聖猫文字と呼ばれるもので、これを暗記するのに徹夜までしてしまった。

毛づくろいを終えるとシュラは窓から庭に飛びおりた。庭では赤や黄色のチューリップが朝の澄明な光を吸って、もっともっと大きくなるんだと言わんばかりに風に揺れている。そのよく手入れされた花壇にまっすぐ闖入して、向こう側の垣根のそばまで突っ切った。ここはもともとシュラの通り道なのだ。まったくネコほど自分のマニュアルに忠実な動物も珍しい。いっけん野放図にみえる行動やしぐさにも一定の決まりや順序がある。
垣根の内側に一本の古木が立っている。何の木か知らない。一年中、花や実はおろか枝葉さえつけずに、ただぽかーんと突っ立っている。その幹のところがシュラの爪とぎの場所である。毎日爪をとぐので、その部分の樹皮が剥がれてしまっている。
シュラはいつもにように後足で立ち上がり、縞模様の体を伸ばして、前足の爪をかりかりといだ。この日課は毛づくろいとともに絶対欠かせないものだ。怠けるとすぐ毛並みがだめになり、伸びすぎた爪のため歩行困難になる。ネコにとっては死活の問題といえよう。
爪とぎを終えて、さて出かけようとしたとき、家のなかで騒がしい音がした。それは玄関からはじまり家中をかけめぐって、さっきシュラが飛びおりた窓のところでぴたりと止まった。
シュラは反射的にチューリップのむれに身を隠した。
「おっかしいなあ」
人間の子どもの声がした。ケンジだ。いま小学校から帰ってきたのだろう。シュラはますます身を低くして地面に平たくなった。ケンジが自分をさがしているのを知っているからだ。見つかるとむやみに追いまわされ、取っ捕まったあげく、空中高く放り上げられたりする。シュラが一回転して見事に着地するのを見て面白がるのである。たまったものじゃない。
(オレはオモチャじゃないぜ)
林立するチューリップの茎のすきまからケンジの異常に広いおでこが見える。彼もこちらの方を見ているにちがいない。シュラはさらに身を固くした。そのとき家の奥からケンジのママの声がした。
「ケンジ、帰ってきたら、すぐ手を洗って!」
「へーい」
ケンジの姿が消えるのを確認するとシュラは大急ぎで垣根の破れから外に出た。彼のようなイエネコの場合、住んでいる家(ハイムテリトリー)から半径百メートルくらいの範囲が縄張りである。しかし今日もシュラは勝手知ったる町内を早足で抜けて、自分の属するエリアを越えてしまった。ふつうネコたちは自分らのエリアから出ることはない。でも発情期にだけは他のエリアを平気で侵犯してメスをさがしに行くのである。



西エリアのガボは、白い体毛のあちこちに大きな黒毛の斑点をたくさんもっているブチのノラネコ。イエネコとちがって飼主も家もない。キャットフードも食べたことがない。けれどイエネコと同じように発情する。(えっ、表現が露骨だって? ごめんな)
シュラが越境したころ、なんの因果か偶然か、ガボも同じエリアに入っていた。エカテリナに会うために。

エカテリナ
きみのしなやかな 体毛の奥から匂いたつ
蜜のような 花のような 夢のような
春のよろこびよ
どうか お願いだから
美しい後足で地面をふまえ
お尻を高くたかく突き出しておくれ
ああ きみなしではもう
ネズミ一匹とれないふぬけになった
ぼくのために ぼくのために

「ふむ、いいデキだ。これで今日こそエカテリナはイチコロさ」
ガボは自作の詩をくちずさみ、ほくそ笑んだ。
そしてエカテリナの家に行こうと路地の角をまがったとき、いきなり見知らぬネコに出くわした。びっくりして立ち止まり、ちょっと後ずさりした。それからゆっくり地面に腰をおろした。
西エリアからきたガボはここではヨソモノなので、見つかったら当然撃退される運命にある。それなのに慌てず腰をおろしたのは、相手をよく観察するためであり、またその姿勢は防御もかねている。
相手のネコもガボと同じように腰をおろした。どうも攻撃してくる様子はない。それどころか後足で頭をかいたり欠伸したりで、やけにリラックスしている。この悠揚さはイエネコだな。ともあれ、この場は何ごともなくすませた方が無難だな、とガボは思った。
二匹はじっと見つめ合ったと思ったら急に目をそらし、あらぬ方向に顔を向け知らんぷりするという動作を繰り返した。ネコの世界では、いたずらに目を合わせるのは相手の敵意をあおることになる。だから、こうした一連の所作も、争わずにすますためのマニュアルといえる。
と、ガボがよそ見している間に、相手のネコが、つと前に進み出た。ガボの横をゆっくりと慎重に歩いて、そのまますれちがった。と思ったら突然、後足で地面を蹴って一目散に駆けだした。それが合図だったかのように、ガボも全速力で走りだした。
かくして二匹のネコは相争うことなく、それぞれの目的地に向かって立ち去ったかに見えた。
けれど件のネコが、すぐ近くの塀の上にその姿を現わし、遠ざかってゆくガボの後ろ姿を目で追っているではないか。その方向から、いい匂いが漂ってくるのに、シュラはようやく気がついたのだ。


ロシアンブルーのエカテリナは血統書つきのイエネコである。
といっても、ネコ自身にとってはそんなもの屁ほどの値打ちもない。そのせいで彼女は終日部屋にとじこめられ、気ままに歩きまわることができないのだから。なんて不自由な生活。ネコの風上にもおけない! つまり彼女は対価をともなった人間の所有物であるから、紛失したり盗難にあったりしては困るというわけ。発情期がくると・・・えっ? ああ、そうか。ごめんな。えーと、体がうずいて男が欲しくなる時季がくると、飼い主はどこからか同じロシアンブルーのオス(やはり血統書つき)を連れてきてエカテリナにあてがう。
純粋種をつくろうというわけだ。そして産まれた子はどこかへ連れ去ってしまう。
(きっと売りとばしたんだわ)と彼女は固く信じていた。
けれども、わが子や自分の行く末を悲観したことはない。どこに行っても、どんな環境のなかにあっても、それはそれでひとつの生きざま。「死」さえもそれが運命ならば甘んじて受け入れる。
早い話、どうでもいいのであった。
それに「カゴのネコ」同然といっても、そこはネコのことであるから、エカテリナはやがて家の外へ出る抜け道を見つけてしまった。
ある日のこと、彼女は押し入れの襖をあけてみた。諸君らは(誰に向かって言っているんだか)、ドアや襖を独力であけるネコを見たことがあるだろう。それは人間のすることをネコが真似るからである。エカテリナの場合も、ただ単に退屈だから飼い主の真似をしてみただけだった。
襖がひらくと中に入りたくなるのが「猫情」というもの。彼女は押し入れの上段に飛びのった。そこには畳んだ布団が積んであり、その一番上まで這いのぼった。すると、天井の一部にすきまがあるのを見つけた。すきまがあれば頭を入れてみたくなるのが本能というもの。ちなみにネコのヒゲはセンサーのような役目をはたす。どんなに狭い所でも、ヒゲが触れることなく頭部が入れば、ひきつづき全身が通過可能なのだ。そこから暗い天井裏を進んで行くと、前方に外光が差し込んでいる一点が見えた。破風のやぶれ目だった。あとは屋根伝いに土塀の上におり、地面を窺えばよかった。
ついにエカテリナは、生まれてはじめて外の日だまりに立った。そよ風がやさしく体毛をそよがせ、解放感がさわやかに全身に満ちた。
彼女はそのまま逃走しようとは思わなかった。たしかに自由への欲求は止みがたいものがあるが、食うものと寝る場所に困らない現在の贅沢な暮らしを捨てる気はなかった。なにしろ血統書つきなので、すぐに追っ手がかかるのは火をみるより明らか。とすれば、いままでの生活を続けながら、密かに外で遊ぶのを楽しんだ方がいい。うん、そうしよう。と、エカテリナは安易に、しかし計算高く決め込んでしまった。
それからというもの、飼い主が留守にする日は、エカテリナも必ず外出して、近くの日だまりでごろごろして過ごすのであった。

さて「体がうずいて男が欲しくなる時季がくると」、メスはオスに「とってもいい匂い」を放ちはじめる。あまつさえ、その匂いをあちこちのものに擦りつけて歩く。それに誘われて方々からオスネコが求愛に集まってくる。血統書つきのエカテリナにとってもそれは例外ではなかった。ガボもその匂いにつられて足しげくエカテリナのもとに通うオスたちの一匹。しかも、彼自身は知らなかったが、ガボはエカテリナのお気に入りナンバーワンであった。
(あのポエムキャットは今日も来るかしら。自作の詩の美しい響き。抑揚のある深い声。やさしく柔らかく、それでいて野放図な立ちふる舞い。やっぱり男は詩が似合うノラネコじゃなくてはダメね)
しかし、ひとつ問題があった。男女が契りを結ぶには、双方が猫文字で受け応えしなければならぬ決まりがあることだ。そうでなければ、オスネコはライバルと決闘する必要がある。どちらかをパスしなければ、晴れてニャンニャンできないのである。
それを知ってか知らずか、ガボはなかなか猫文字を唱えようとはしない。詩猫である彼にとって、猫文字などというのは唾棄すべき旧い因習にすぎない。そんな決まり文句を言うこと自体、詩猫としてのプライドがゆるさないのだ。エカテリナは、じれったくて仕方がなかったが、その反面、ガボの詩をいつまでも聞いていたい気持ちもあった。
(おや、向こうから来るのは? )
「噂をすれば、猫」というコトワザ通り、ガボが姿を現わした。
シュラは尾行をつづけていた。木立の陰からガボがエカテリナに近づいていくのを見ていた。
(いい匂いのもとは彼女だったのか)
シュラの下半身の突起物が独立してぴくぴく脈打った。
(しまった。あいつに先を越されてしまう!)
シュラは地団駄をふんで、歯みがきした。いや、ちがう、歯がみして悔しがった。
(せっかく苦労して呪文覚えたのになあ)
やがてガボが求愛の詩を朗読しはじめた。よくとおる朗々とした声で思いの丈を述べた。聞き耳をたてると、それはシュラにとっては歯の浮きそうな甘い言葉の羅列だった。
(げげっ、なんて不気味な野郎だ)
でも呪文を使わないと、いつまでたってもニャンニャンできないぜ。シュラは自分にも可能性が出てきたことを喜んだ。
案の定! ガボは終いにはエカテリナに追い立てられ、すごすごと姿を消した。
それを見たガボは、ここぞとばかり、ネコなのに脱兎のごとく飛び出した
 エカテリナは一瞬たじろいだが、またもや新手の求愛者が来たのか、やれやれ、といったふうにシュラに向き直った。その態度には、てきとうにあしらって早く追い返してしまおうという思いがありありと窺えた。それもそのはず、猫文字を使わないガボを定め通り追い払ったものの、本意ではなかったからだ。
ところが、シュラが「猫舞い」をはじめたので、エカテリナな緊張した。
(猫舞い!)
そのあまりに一方的、強圧的な力が「個人の尊厳と両性の本質的平等」を損なうため、大昔に封印された最大呪文をともなった究極の舞踏。
(な、なぜ、このネコが・・・?)
「ナガミハイカニカナレル?」
神聖猫文字の第一声がシュラの口から発せられた。
(た、ただの猫文字ではない・・・)
いきなり拒むことのできない力がエカテリナを支配して、彼女を催眠状態にした。深層意識からもう一匹のエカテリナが現れて、シュラに答えた。
「アガミハ、ナリナリテ、ナリアワザルトコロ、ヒトトコロアリ」
それにシュラが勢いよくたたみかけた。
「アガミハ、ナリナリテ、ナリアマレルトコロ、ヒトトコロアリ。カレ、コノアガミノナリアマレルトコロヲモチテ、ナガミノ、ナリアワザルトコロニ、サシフタギテ、コヲウミナサントオモフ。ウムコトイカニ? 」
エカテリナのわずかに覚醒している心が、呪力と戦うべく最後の力をふり絞った。肯定の返事をしてはならぬのだ。ジレンマにおちいった彼女の口が苦しげにふるえた。ガボの面影が脳裏を去来した。
「ウムコトイカニ? 」
シュラが返事を強要する呪文をくり返した。それがとどめだった。エカテリナは急にシュラが好きになった。遠い昔から慕っていたような気がした。だから喜んで答えた。
「シカヨケム」
そして、シュラを誘いながら身をひるがえし、そばの電信柱を右からまわりかけた。
(しめたっ、うまくいったぞ)
小躍りして、シュラは電信柱を左からまわり、エカテリナを地面に押し倒した。倒れながら彼女が叫んだ。
「アナニヤシエオトコヲ!」
すかさずシュラも合わせた。
「アナニヤシエオトメヲ!」
シュラのイチモツは核爆発寸前だった。快楽の絶頂の、恍惚の予感に打ちふるえながら、もどかしくエカテリナにマウンドした。
ちょうど、そのとき!
横合いから、ひとつの運動エネルギーがすっ飛んできた。それはシュラをしたたかに突き飛ばし、それ自身も力一杯転倒した。
 シュラはすばやく跳ね起き、次の攻撃に備えて身構えた。そして、相手を見て驚いた。その束の間、ガボの鋭い爪がシュラの首筋を襲った。シュラはとっさに身をかわしたが、頭の皮を少し剥ぎ取られた。
二匹は体勢を立て直すと、後半身を高く持ち上げた姿勢で対峙した。
ガボはスタミナ切れのため早くも荒い息をついていた。一方、シュラは頭の傷の出血が顔面にまで流れていた。けれどもシュラには疲労感はなかった。どうもキャットフードを食べるものと、そうでないものの差が出たようだ。
(次で勝負が決まるな)
二匹は威嚇の唸り声をあげながら、じりじりと間合いを詰めていった。
突然、我にかえったエカテリナが何か叫んだ。それは「やめて!」だったかもしれないし、「がんばって!」だったかもしれないし、はたまた「腹へった!」だったかもしれない。いずれにしても、その声をきっかけに両者は同時に相手目がけて跳躍した。
勝負は瞬時についた
 ほこらかに立つシュラの足もとに、片耳ひきちぎられ、すっかり戦意を失ったガボが横たわっていた。ネコのものを横取りしようとするやつは、完膚なきまでに粉砕しなくては。シュラは、とどめをさすべく身を屈めた。
ところが、今度はエカテリナがシュラを思いっきり突き飛ばした。そしてガボを庇うように自分の体で覆い、その傷口の血をなめとるではないか。シュラのことなど、まったく眼中にないようだ。
があん。シュラの全身から力が抜けた。
(ちえっ、バッカバカしいや・・・)
シュラは、よろよろ立ち上がると、かつての恋猫と恋敵を尻目に家路をたどりはじめた。
(何だったんだ、今日は・・・)
頭の傷が今ごろになって、ずきずき痛んできた。


        =おわり=




    初出  同人小説集(1989年4月1日)

 
by puffin99rice | 2015-03-30 22:59