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※(前編からつづく)

 毎週土曜日のドラゴンは、どうしようもないやっかいものでした。でも、お昼の時間だけは木の下で休みました。太陽光線に弱いからです。昼時は、活動するには暑すぎるというわけです。
 ある土曜日、ドラゴンはとうとう宮廷に入りこんで、王の愛用の揺り木馬をさらっていきました。王は六日間泣きつづけたあげく疲れはてて七日目に泣きやみました。そのとき、ふとバラの園のブルーバードの歌声が聞こえました。バタフライが、ユリの花々の間をひらひらとんでいるのに気づきました。そこでやっと、ライオネルは顔を上げました。
「ばあや、顔をふいてよ。お願い。もう泣かないよ」
  乳母はかれの顔をふいてやりながら、おろかな王にならないよう諭しました。「泣いたってなんの解決にもなりません」
 「それは、わかんないよ」と小さな王は言いました。「一週間泣きつづけたおかげで、まわりがよく見えるようになった気がする。ほら、ばあや、見て。ぼくは、もう大丈夫。ね、キスして。もう二度と会えないかもしれないから。みんなを救うために、ぼくは行かなければならないんだ」
「そうね。それがあなたのつとめだとしたら、そうしなければいけないわね」と乳母がこたえました。「でも、服をやぶいたり、足をぬらしたりしてはいけませんよ」

 ライオネルは、いちかばちかの賭けにでたのです。
 ブルーバードがいつもより優美に歌っていました。バタフライがいっそうまぶしく輝いていました。ライオネルはもう一度バラ園に「どうぶつの本」を持って行き、恐れやためらいの気持ちが起こらないうちにと、大急ぎでぱっとひらきました。本はほとんどその真ん中から大きくめくれました。そのページの下には「ヒッポグリフ(注4)」と記されていました。ライオネルが絵のほうを見る前に、それはバサバサ大きな羽ばたきをし、カッポカポ蹄の音をたてて歩き出ていました。そして、やさしく、ふんわりと、親しげにいななきました。
 本からあらわれたのは、ふさふさとした白いたてがみと、これまた白く長いながいしっぽと、世界で一番おだやかでやさしげな目をした美しい馬でした。その馬がバラの花の間で立ちどまりました。
 ヒッポグリフは、その絹のようにきめこまかで牛乳のように白い皮膚をした鼻先を、小さな王の肩にすり寄せました。
「羽がついてなかったら、まるでぼくが大事にしていた木馬のようだ」と小さな王は思いました。そのとき、ブルーバードの歌声がひときわ大きく甘やかになりました。
 とつぜん、王は空のかなたからいやらしく身をくねらせながら飛んでくる巨大な赤いドラゴンの邪悪な姿に気づきました。ライオネルは、どうしたらいいのか、すぐにわかりました。「どうぶつの本」をひっつかむと、上品で美しいヒッポグリフの背に飛びのりました。そして首にしがみつき身をかたむけると、先のとんがった白い耳にささやきました。
「飛んで。ねえ、ヒッポグリフ。全速力で石ころ砂漠まで飛んで行って」
 ドラゴンは、かれらが飛びたつのを見ると、夕焼け雲のように赤く巨大な羽をバサバサ動かしながら追いかけました。それに対して、ヒッポグリフの広い羽は月光の下の雲のように白く輝いていました。

 街の人々は、ドラゴンがヒッポグリフと王を追いかけて行くのを知ると、みんな家から出てきました。そして、二つの影が見えなくなったとき最悪のことを覚悟しました。王の死を惜しんで悲嘆にくれるのはどんなに辛いだろうと思ったのでした。
 ところが、ドラゴンはヒッポグリフに追いつくことができませんでした。赤い両翼はたしかにヒッポグリフの白い羽より大きいのに、それほど強くなかったのです。ですから、どんどん遠くに飛んで行くヒッポグリフを追いかけているうちに、石ころ砂漠のど真ん中まできていました。
 石ころ砂漠というのは、ちょうど砂のない砂丘のような場所で、砂のかわりに、無数の石ころでおおわれ、その百マイル四方には草も木もはえていないところです。
 そこでライオネルは白馬の背から飛びおりました。そして「どうぶつの本」の留め金をはずし、石の上にひらいたまま置きました。それがすむと、小石をジャリジャリ鳴らしながら急いで引きかえし、ドラゴンが追いついてきたぎりぎりの瞬間に、ヒッポグリフの背に飛びのりました。
 ドラゴンは、ひどくふらふらして飛んできて、あたりに木陰はないかときょろきょろしました。というのも、ちょうど正午の鐘が鳴るころで、太陽が中天にギニー金貨のように輝いていたからです。しかし、百マイル四方には草木一本ありません。ヒッポグリフが頭上をぐるぐる飛ぶので、ドラゴンはパサパサに乾いた砂利の上でのたうちまわりました。その巨体は熱くなって、じっさい、あちこちから煙さえ吹きだしてきました。一刻もはやく木陰に入らなければ、火だるまになってしまうと、ドラゴンは思いました。赤いかぎ爪を、王とヒッポグリフにふり上げていましたが、弱りきっているので届きません。それどころか、そのせいでますます熱くなったので、もうよけいなちょっかいをだすのはやめました。
 と、まさにそのときです。石の上の「どうぶつの本」が目にはいりました。それは白地に棕櫚の木の「ドラゴン」のページのところでひらいていました。ドラゴンは一瞬ためらいました。しかし、もう一回見ると、最後のおたけびとともに身もだえし、ページをゆらしながら絵のなかにもどって行き、木の下にすわりました。
 ライオネルは、ドラゴンがむりやり絵のなかに入って行き、たった一本しかない木の下にすわったのを見るやいなや、馬からとびおり、本をばしっと閉ざしました。
「ああ、やったぞ!」ライオネルが叫びました。「ぼくらは本当にやりとげたんだ」
 そして、ルビーとトルコ石の留め金で本をきつく締め上げました。
「おお、ぼくの大切なヒッポグリフ。おまえは勇敢で、愛おしくて、もっとも美しくて・・・」
「しーっ」と、ヒッポグリフが穏やかにささやきました。「ここには、私たちだけがいるわけではありませんよ」
 なるほど、かれらのまわりを人々がとり囲んでいました。総理大臣と議員たち、フットボールの選手たちと孤児、そしてマンティコラと揺り木馬、それからドラゴンに食べられたすべての人たちがそこにいました。そうです。絵のなかへはドラゴンだけ入るのにきちきちで、ほかのものを連れこむのが無理だったからです。だから、そうです、みんな外に吐きだされたというわけなんです。
 そうして、人々はみんな家にもどり、その後ずっと幸福に暮らしました。

 ところで、マンティコラは王に本のなかにもどしてくれるように頼みました。「浮世は性に合わない」と、かれは言ったのです。もちろん、かれは自分のページに帰るすべを知っていましたから、本をひらくとき、あやまってドラゴンとか何やらを解きはなつ恐れはありませんでした。かれは本のなかに引っこむと、それっきり出てきませんでした。それが現在、絵本以外には人間がマンティコラを生涯見ることのない理由なのです。当然、マンティコラも本のなかに入るときに、子猫たちと牛乳の罐を外に吐き出しました。
 さて、揺り木馬は、かつてヒッポグリフがいたページに住みたいとせがみました。「ドラゴンに襲われないところで暮らしたい」とのこと。そこで美しい白羽のヒッポグリフがそのページに入るやり方を教えました。ということで、揺り木馬は、王がかれのひいひいひいひいひい孫のために、本からとり出してやるまでそこにいました。
 ヒッポグリフはといえば、かれは揺り木馬の地位をそのまま引き継ぎました。なにしろ木製の馬は引退してしまったのですから。そして、あのブルーバードとバタフライは、いまもなお宮廷の庭のユリとバラの間を、歌いながらひらひら飛びまわっているのです。

(おわり)





(注1)シードケーキ
 キャラウェイシードなどがはいったかおりの高い甘いケーキ。 キャラウェイはウイキョウの種類らしい。茴香はセリ科の植物。

(注2)三目並べ
 二本の水平な平行線と、それに垂直に交わる二本の平行線をかいて九つの区画をつくり、二人の競技者が交互にその区画に○と×を記入し、縦・横・斜めのいずれかの方向に三つ連続して自分の記号を先に描き入れた者が勝ちとなる。って、五目並べの簡易版じゃん。

(注3)マンティコラ
 荒俣宏編集の「怪物史」をみると「インドにすむとされる人面獅子身の怪物。人間の肉をくらい、サソリのごとき有毒の尾をもつ。これにねらわれた人間はけっして助からないという」とある。本書のマンティコラは、やはり種類がちがうようだ。

(注4)ヒッポグリフ
 グリフィンに似た伝説・神話上の動物。頭部はワシ。胴体から後ろはウマの形をしている。「頭部はワシ」というのは本書のヒッポグリフとはなんかちがう。作者はギリシャ神話のペガソスと混同したのかもしれない(たんなる憶測)



※ Edith Nesbit(1858ー1924)
「砂の妖精」の作者。20世紀ファンタジー文学の先駆者の一人。本編の原題はThe Book of Beasts




 
by puffin99rice | 2016-03-04 06:03

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 その知らせがきたとき、ライオネルはお城をつくっている最中でした。乳母がいつもきちんとしている部屋中いっぱい積み木を散らかしていました。その知らせはとんでもないものでしたが、玄関のドアをノックする音がして階下でなにやら話し声がしたとき、ライオネルは以前なわとびの紐を張り出しガス管にひっかけブランコをしてからというものさっぱりつかなくなったガス灯の点検にきたのだと思っていました。
 ところが乳母がやってきて、思いがけないことを言ったのでした。
「ライオネルぼっちゃま、あなたを王さまとして、お迎えの方々がいらっしゃいました」
 乳母は急いでかれのスモッグを着がえさせ、顔と手を洗ってやり、髪にブラシをかけました。そのあいだじゅう、ライオネルは身をくねくねよじりながら「やめてよ。大丈夫なんだから。耳はきれいだと思うよ。髪の毛もいじらないで。このままでいいよ」と叫んでいました。
「あなたは王さまではなくて、まるでウナギになってしまったみたいね」と乳母は言い、きれいなハンカチを持たそうとちょっと手をはなしたすきに、ライオネルはパッとかけだしました。
 客間で、毛皮の赤いローブを着てすごくいかめしくみえる二人の紳士が待っていました。二人ともぜいたくなジャム・タルトのクリームみたいなビロードの角をもつ貴族の冠をかぶっていました。二人はライオネルにふかぶかとお辞儀をしました。そして、よりいかめしくみえる方が言いました。
「陛下、このたびは、あなたさまのひいひいひいひいひいおじいさまであらせられた、わが国王の崩御につき、あなたさまが新たな王となられる運びとなりました」
「ふーん、そうなの」とライオネル。「いつから?」
「戴冠式は本日の正午でございます」と、相棒にくらべてちょっとだけいかめしさでは負けるもう一人の紳士が言いました。
「ばあやも連れて行きたいな。それとも、あとで連れてきてくれる? それから、レースのカラーのついたビロードのスーツを着て行ったほうがいいかな?」
 ライオネルはよくそれを着てお茶会に出かけていました。
「乳母さまも、のちほど宮殿にお連れいたします。ご衣装につきましてもお心を煩わせなさらぬように。宮廷にみなとり揃えてございます」
 そう言うと、いかめしい紳士たちは、おもてに待たせてある白馬八頭にひかせた宮廷馬車へと先に立って歩きだしました。その行列は、通りに沿って左側に家七軒分もの長さでのびていました。
 でしなに、ライオネルは階段をかけあがり、乳母にキスをしました。
「きれいにしてくれてありがとう。もう片っぽの耳も掃除してほしいところだけど、いいや、もう時間がないや。ハンカチおくれ。じゃあね、ばあや」
「いってらっしゃいませ、おぼっちゃま」と乳母がこたえました。「いい子の王さまでいらっしゃるのよ。女の子たちにケーキをまわすときは、ちゃんと『どうぞ』とか『ありがとう』とかおっしゃるのよ。それから、いっぺんに二つ以上のことを引き受けてはいけませんよ」

 かくして、ライオネルが王位につくために事は運ばれていきました。かれはこれまで王さまになりたいと思ったことはありませんでした。だから、すべてが目新しく思いもよらないことばかり。街を行く馬車のなかで、かれは自分の鼻をつまんで、これが夢ではないのをたしかめました。
 ほんの三十分前まで子供部屋で積み木遊びをしていたのに。いまは通りに沿ってはためく無数の国旗、家々の窓という窓はハンカチをうちふる人々やお祝いの花をばらまく者たちであふれ、歩道一面に緋色の制服姿の儀仗兵が立ちならび、国中の教会の鐘が熱狂的にうち鳴らされて、その大音響にも負けじと歌われる崇高な音楽のごとく「万歳、ライオネル王! 万歳、われらの若き王さま!」と何千もの群衆が叫ぶのを、かれは聞いたのでした。
 かれは一番いい服を着てこなかったことをちょっと残念に思いました。でも、じきそのことは忘れました。かれがもし女の子だったら、いつまでも気にやんでいたでしょうけど。
 道すがら、いかめしい紳士たち、実は侍従長と総理大臣が意外な話をしました。
「ここは共和国だと思っていた。王さまなんか見たことないよ」とライオネルが言ったときでした。
「そうでございます。あなたさまの、ひいひいひいひいひいおじいさまがお亡くなりになられたのは、私の祖父がまだ小さな子どもだった時分ですから」と総理大臣。
「それ以来、国民はあなたさまに冠を買ってさしあげるために倹約をつづけてきました。各自の資産に応じて、一週間ごとになにがしかの、そうですな、もっとも裕福な階層の六ペンスから、段階的に下がって、貧しい人々の半ペニーまで、少しずつ貯蓄してきました。なにしろ、王冠の費用が国民の負担なのは、わが国のきまりでございますから」
「でも、ぼくのひいひい・・・えーと、とにかく、おじいさまの冠はどうしたの?」
「そのことでございますが、前王はそれを虚栄だとおっしゃってブリキ製にするよう鍛冶屋にだしたのです。ところが、そのときにはすでに王冠の宝石はぜんぶ取りはずされ、本を買うために売り払われておりました。前王は変わり者でした。よい王さまなのに本の虫だったのが欠点でございました。鍛冶屋に王冠をだしたのはお亡くなりになるちょっと前のことで、けっきょく代金は払わずじまいになりました」
 総理大臣が涙をぬぐったちょうどそのとき、馬車は目的地に着きました。ライオネルは馬車からおりて着がえさせられたあと、戴冠式へと案内されました。
 その儀式は、みなさんが考えているよりも、ずーっと退屈なものです。そのあいだじゅう、二時間も三時間も窮屈な王の衣装をつけたままで、かれの手にキスするのが臣民のつとめだと思っているすべての人々の相手をすると、ライオネルはすっかり疲れきってしまいました。だから宮廷の部屋にひきあげたときは、すごくうれしかったのです。

 部屋では乳母がお茶の用意をして待っていました。シードケーキ(注1)とプラムケーキ、ジャムとバターをぬったトースト、そして赤と金と青の花々の模様をちらしたとてもきれいな陶磁器と本場のお茶。それから、よい子のみなさんが好きそうなたくさんの甘い飲み物。
 お茶の時間がすむと、ライオネルが言いました。
「本でも読もうかな。ばあや、何か持ってきてよ?」
「おやおや」と乳母。「まさか王さまは足を使わなくてもよいと思っていらっしゃるのではないでしょうね? さあ、歩いて行って、ご自分でお取りくださいませ」
 そこでライオネルは図書室に行きました。すると総理大臣と侍従長がいて、ふかぶかと頭をさげました。そして御用の向きを、すごく丁寧に伺いはじめたときーーライオネルが叫びました。
「わっ、なんてたくさんの本なんだ!  これみんな、あんたたちのなの?」
「これらの本はすべて、あなたさまのものです、陛下」と侍従長が言いました。「先の王の遺産なのです。つまり、あなたさまのひいひい・・・」
「うん、わかったよ」ライオネルが、みなまで言わさずこたえました。「よおし、みんな読んでやるぞ。ぼくは読書が好きなんだ。読み方を習っていて本当によかった」
「僭越ながら、ご忠告申し上げます、陛下」と総理大臣。「私なら、これらの本を読んだりはいたしません。あなたさまのひいひい・・・」
「おじいさまがどうしたって?」 ライオネルがあわてて口をはさみました。
「あなたさまのおじいさまは、たいへんよい王でした。おお、もちろん、じっさいその道では、ずばぬけてすばらしい王でした。ですが、ちょっと・・・変わっていました」
「頭がおかしかったの?」 ライオネルがおおらかにたずねました。
「いいえ、とんでもない」 二人の側近はあわてて打ち消しました。
「頭がおかしかったのではありません。しかし、あえて申し上げるなら、先王は半分だけあまりに、か、かしこすぎました。
私どもはわが国の幼い王を、かれの本にかかわらせたくないのです」
 ライオネルは困ったような顔をしました。
「実を申せば」 侍従長が落ちつかない様子で赤いあごひげをひねりながらつづけます。「あなたさまのひい・・・」
「次いって」とライオネル。
「かれは世間では魔法使いと呼ばれていました」
「でも、そうじゃないんでしょ?」
「もちろん、ちがいますとも。至上の王であらせられたあなたさまのひい・・・」
「わかったから、それはもういいよ」
「しかしながら、私はこれらの本にさわりたくありません」
「この一冊だけ!」ライオネルが叫びました。みると図書机の上にあった茶色の大きな本を両手で持っています。その表紙は茶色のなめし革に金の模様が入ったもので、トルコ石とルビーをよりあわせた留め金がついていて、本の角には革がすぐ擦り切れてしまわないように黄金が打ちつけてありました。
「これは、どうしても読みたい」とライオネルは言いました。なにしろ本の背に大きな文字で「どうぶつの本」とかいてあるのを見てしまったからです。
「おろかなことをしてはいけません」と侍従長がたしなめました。しかし、ライオネルは留め金をはずして最初のページをひらいてしまいました。そこには赤と茶と黄と青の色で、まるで生きているかのようにバタフライが描かれていました。
「きれいだねえ。なんて・・・」
 ところが、かれがそう言ったとき、その美しいバタフライはあまたの色彩をもつ羽をひらひら動かし、古びて黄色くなったページからぬけだすと、窓から外へ飛びだしていきました。
「おおっ!」
 驚きのあまり喉がつまって窒息しそうになった総理大臣ですが、やっと声がだせるようになると、すぐに言いました。
「まさしく魔法だ、まさしく・・・」
 そのときにはもう、新王は次のページをめくっていました。そこには、青一色の羽につつまれて完璧に美しく輝く鳥が描かれていて、その絵の下のほうに「楽園のブルーバード」とかかれていました。そして王がその魔法の絵をうっとりとながめている間に、ブルーバードは黄色いページの上で羽をひらり広げると、本から飛びだしていきました。
 ようやく我にかえった総理大臣が王から本をひったくると、ブルーバードの絵が描いてあったはずの空白のページのところでぴしゃりと閉じてしまい、すごく高い書架の上にほうり上げました。
 侍従長が王の身体をはげしくゆすぶって叱りました。
「あなたさまは腕白で、ききわけのない悪い王でございます」 かれはかなり本気で怒っていました。
「ぼく、何も悪いことしてないのに、ひどいや」
 子どもというのはみんなそうですが、ライオネルもゆすぶられるのが好きでありません。いっそひっぱたかれるほうがましでした。
「悪いことではないと?」 侍従長が言いました。「ああ・・・では、あなたさまはそれが何の本だか知っておられますか?私はぜひおたずねしたい。次のページに何が載っているのか、あなたさまにはおわかりになるのでしょうか? いったい何がとびだすのやら。ヘビとかミミズとかムカデとか・・・ひょっとしたら国に仇なす不穏分子かもしれないのですよ」
「わかったよ。困らせて、ごめんね」とライオネル。「ねえ、キスさせて。仲直りしようよ」そうして、侍従長にキスをしました。それからみんなで三目並べ(注2)をして穏やかにすごしました。その間に侍従長はなんとか平静をとりもどしたのでした。
 
 けれどもライオネルはベッドに入ったあとも、その本のことを考えると寝つけませんでした。だから満月が煌々と輝く夜中に、そおっとベッドを這い出て図書室に行き、書架をのぼって「どうぶつの本」を手にとったのでした。
 かれは月の光で昼間のように明るいテラスに出て本をひらき、「バタフライ」と「楽園のブルーバード」と記されているだけで絵のないページを見ました。それから次のページをめくりました。なにやら赤いものが、棕櫚の木の下にすわっていました。その下方には「ドラゴン」という文字。そのドラゴンは身動きしませんでしたが、王はあわてて本をとじベッドにもどりました。
 しかし次の日、かれはもういっぺん見たくなりました。そこで本を持って庭に出て、ルビーとトルコ石のついた留め金をはずしました。すると、本はひとりでにドラゴンのページのところでひらいてしまったのでした。陽の光がそのページをさんさんと照らしました。と、そのときです。とつぜん、大きな赤いドラゴンが本から出現しました。そして巨大な赤い翼を広げると、はるかな丘のほうまで飛び去っていきました。あとには、もぬけの殻のページがあるばかり。緑の棕櫚の木と黄色い砂漠と、ドラゴンの輪郭をなぞった線の外側に、ひとはけの赤い筋が残されているだけでした。
 ライオネルは、大変なことをしでかしてしまったことに気がつきました。かれは王となってまだ二十四時間もたってないのに、もう赤いドラゴンを解きはなって、忠義の臣民たちの生活を苦しめそうな状況をつくったのです。せっかく王冠を買うために長いこと倹約してきたというのに。それで何とかやってこられたというのに!
 ライオネルは泣きだしました。
 それを聞きつけて、いったい何事かと、侍従長と総理大臣と乳母がかけつけてきました。そして例の本があるのを見てさとりました。侍従長が言いました。
「なんて聞き分けのない王さまなんだ! 乳母さんや、王を寝室に連れていって反省させてください」
「いや、侍従長」と総理大臣が制しました。「まず王が何をしでかしたのか、よく聞いてみたほうがよい」
 涙をいっぱい流しながらライオネルが言いました。
「赤いドラゴンだよ。丘のほうへ飛んでいったんだ。ごめんね。ゆるしてよお!」
 しかし、侍従長と総理大臣はライオネルをゆるしているどころではなくなりました。二人は議会のメンバーでもありますから対策を講じるために警察にすっとんでいきました。そして、できるかぎりの手をうちました。守りに徹することを主張し、ドラゴンを待ち構えました。ところがドラゴンは丘にとどまって、いまのところ動く気配がありません。こんなときでも乳母は自分の仕事を忘れませんでした。たぶん乳母は他の誰よりもその仕事をうまくやりとげました。というのも、乳母は王をぴしゃりとひとつ叩くと、オヤツをぬきにしてベッドへ追い立てたのですから。
「いけない王さまだこと」と乳母は言いました。「だれにも好かれないですよ」
 次の日もドラゴンは動きませんでした。でも丘の緑の木々をすかして輝くドラゴンの赤い色がはっきり見えるので、人々の不安はつのるばかり。
 ライオネルは名誉挽回を期して玉座につき、新しい法律を制定する旨を告げました。総理大臣と侍従長と乳母は、かれの専断に難色を示して、ひっぱたいてでもベッドに連れもどすべきところでしたが、その前にかれは頭に王冠をいただいて、無謬(むびょう)の人ーーつまり、その言はすべて正しく、あやまちを犯さないものとして扱われ、またその結果がどうであれ、けして責任を問われない、という絶対の地位についてしまったのです。
「学校や他のどこででも、本をひらくのを禁じる法律が必要だよね」とライオネルが言ったとき、家臣たちの半分がすぐに賛同し、残りの半分の大人たちも王は絶対正しいと調子を合わせました。その次に王がつくったのは、誰もが食べものに困らないようにする法律でした。この法律はみんなに持てはやされました(食べものに不自由したことのない金持ちはともかく)。
 そんなふうに、国民が喜びそうな法律をいくつもつくると、ライオネルは宮中にもどって上機嫌で砂遊びをしながら乳母に言いました。
「すてきな法律をたくさんつくったから、みんなぼくのことを好きになるよ」
 でも乳母の考えは違いました。「とらぬ狸の皮算用ですよ、おぼっちゃま。あなたは例のドラゴンのことをお忘れです」

 その翌日の土曜日の午後、突然ドラゴンが赤い巨体をあらわし、人々の頭上に舞いおりました。そしてフットボールの選手と審判たち、それからゴールポストやらボールやら、いっさいがっさいをひっさらって行きました。
 そうなると人々はひどく腹をたて、口々に言いました。
「共和国だったらこんなことは起こらなかった。王の冠のために長いこと倹約して、なんとかやってきたというのに、このざまとは」
 識者たちは国民的スポーツの凋落を予言しました。じっさいフットボールは、その後幾時代にもわたって不人気になりました。ライオネルに関しては、その事件から一週間というもの、よい王になるためにがんばったので、人々はかれのやったことを大目にみはじめました。
「けっきょく」と人々は言いました。「フットボールは危険なゲームだから人気がなくなったほうがいいかもね」
 世間の大方の意見では、フットボール選手たちの頑丈で固い身体はドラゴンの口に合わないので、食べやすい柔らかさになるように、どこかで子どもの遊びばかりやらされているとのことでした。
 ともあれ、ドラゴン対策をよく練るために議員たちが都合よく集まりやすい土曜日の午後の、ちょうどよい時間に議会がひらかれました。ところが不幸にも、それまでドラゴンは寝てばかりいたのに、たまたま土曜日だったので起きていました。そして議会の様子を仔細にながめると、それからちょっとの間に議員たちを一人残らずさらってしまいました。
 そこで人々は新しい議会をつくろうとしましたが、フットボールのときと同じように議員であることに人気がなくなり、誰もすすんで立候補しなくなりました。そんなわけですから、人々は議会なしでやっていかなければなりません。また土曜日がめぐってきたとき、人々はなすすべもなく、びくびくして過ごしました。その日、赤いドラゴンは意外におとなしく、孤児を一人食べただけでした。
 ライオネルは不幸のどん底でした。議員と孤児とフットボール選手たちのことは、ぜんぶ自分の身勝手のせいだから、なんとかするのが自分のつとめだと思いました。問題は、どうすればよいかということです。
 本から出たブルーバードはバラ園でとてもよい声で歌うようになっていました。バタフライはすごくよく慣れて、ライオネルが背の高いユリの群の間を歩いているときなどは肩にとまるほどでした。そこでふとひらめいて、「どうぶつの本」のなかから、ドラゴンのような危険なのはのぞいて、ほかのぜんぶを見てみようと考えました。
「ドラゴンと戦えるいきものを出せないかな?」
 「どうぶつの本」をバラ園に持ちだすと、ドラゴンがいたところから名前がほんのちょっと見える程度にページをぱらぱらめくりました。「コラ」という文字がどうにか見えましたが、そのときにはとび出ようとするいきものたちで、本が中央からふくらんでしまい、下に置いてその上にすわらなければ、閉じることができないほどでした。ライオネルはルビーとトルコ石の留め金をきつく締めてから侍従長のもとに行きました。かれは先週の土曜日、体調不良で議会を欠席したおかげで、ドラゴンに食べられずにすんだのです。
 ライオネルが聞きました。
「コラってなあに?」
「マンティコラ(注3)のことですよ、もちろん」と侍従長。
「それってどういうの?」と王がたずねました。
「ドラゴンの天敵です。そいつはドラゴンの血を好むのです。黄色いライオンの胴体に人面をもっています。ああ、いま、それがほんの二、三頭でもいてくれたらなあ。だが、数百年も前に滅んでいる。残念だ!」
 それを聞いた王はかけもどって「コラ」という文字を見たページをひらきました。すると、そこには侍従長が言ったとおりの、ライオンの胴体と人の顔をもった全身黄色い動物の絵があり、下の方に「マンティコラ」とかかれていました。
 そのうち、本からマンティコラが両目をこすりながら眠たそうに出てきて、哀れっぽい声で鳴きました。その様子はとてもだらしなく見えました。ライオネルは、マンティコラの身体をかるく押して命じました。
「さあ、行って、ドラゴンと戦うんだ」
 マンティコラはしっぽを両足の間にたらすと、すばやく走り去りました。そして公会堂の後ろにかくれ、夜を待って、人々が寝静まるとうろつきだし、街中の子猫を食べてしまいました。そうして、いっそう大きな声で鳴きました。
 土曜日の朝、人々は外に出るのをいやがりました。なにしろ、ドラゴンはいつ襲ってくるかわからないし、その上マンティコラまであらわれて、朝の紅茶に使って戸外にだしておいた罐入り牛乳の残りを飲みほし、ついでに罐まで食べてしまったのですから。
 しかし、そのくだらない騒ぎもついに終わるときがきました。牛乳屋さんはそれを見てびっくり仰天しましたが、赤いドラゴンがマンティコラをさがしにやってきたのです。マンティコラはたちまち命の瀬戸際に立ちました。というのは、かれは本来ドラゴンの天敵であるマンティコラとは違う種類だったからです。
 かれはあわてて、逃げこむところをさがしましたが、どの家のドアも開きません。可哀想に、狩られる立場になったマンティコラは中央郵便局に避難し、十時に配達予定の手紙の束の間に身を隠そうとしました。けれど、すぐに見つかってしまい、ドラゴンに襲われました。手紙の束はなんの役にも立ちませんでした。断末魔の叫びが街中にひびきわたりました。マンティコラは子猫たちと牛乳で空腹をみたしていたので、その叫び声はひときわしっかりと聞こえました。
 そのとたん、急に静かになりました。やおら人々が窓からのぞくと、ドラゴンが口から火と煙といっしょにマンティコラの毛の房と書留郵便のきれっぱしを吐きながら、中央郵便局の階段をおりてくるのが見えました。
 事はますます深刻になりました。王が一週間にどれほど人気をとろうと、土曜日にはきまってドラゴンが国民の忠誠心を根こそぎ奪ってしまうのです。
 
 ※(後編へつづく)
by puffin99rice | 2016-03-04 05:55