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ファンタジーですよね、これ?(後編)

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 (前編からつづく)

 執事の思惑に反し、いささか淫らな献上品となりましたが、フッガー家の当主はことのほか喜びました。生涯不能だと思っていたアッチのほうが黄金の肉体にふれて復活したからです。これまで生身の女にはまったく反応しなかったというのに。黄金に象徴される富へのあくなき執着によって莫大な財をなした男。その反動による倒錯的な嗜好の発現だったのかもしれません。
 ヤコブは自分が老体でしかも療養中なのも忘れたかのように毎晩メロウを抱きました。メロウとはビルの昔の憧れの女性の愛称で、なにか妖精の名前だそうです。ヤコブもその名で呼びましたが、彼の場合は彼女の純金の肌があまりにもメロウ(豊かになめらか)なのがその命名の理由だと思い込んでいました。
「メロウや、メロウや、おまえはなんて魅力的なんだろう。黄金の女神よ。おまえがいれば、おれはもう不死でなくてもよい。永遠はおまえとの一瞬一瞬のまぐあいのなかにあるのだから」
 閨房に自由存す、とはドッポ・クニキダの言葉だったでしょうか。肉欲の褥の上ではいかなる喃語も体位も許されるという意味です(ウソ)
 ヤコブはトチ狂ったようにメロウを愛撫し、その耳もとで恥ずかしいセリフを年がいもなく囁きました。メロウはそれにこたえるかのように「 淋シイノ、淋シイノ」と喘ぎながら腰を使ってきます。あまりの締りのよさにヤコブは何度も失神してしまうのでした。
 ところでアレのときはやはり正常位がよろしいようで。なにしろメロウは純金製の人間もどきですから、うっかり上に乗せようものなら、たちまちその重量で身動きがとれなくなるからです。
 あるときヤコブは執事を呼んでこう言いました。
「ビルや、おまえのおかげで、おれはまた生きがいができた。ありがとうよ。永遠とは一瞬の恍惚にわが身を奪われることなのかもしれんな。それにしてもメロウをつくった者の腕前は神技に等しい。よほど女体の神秘に通じた御仁であろうな。一度会ってみたいものだ」
「それでは近いうちに一席もうけましょう。カリオストロ氏はメロウのメンテナンスのため、しばらく屋敷内に逗留する予定ですので」
 と執事は答えました。
 しかし、二人の出会いが実現することはついにありませんでした。

 その日を境にヤコブはますますメロウにのめりこみました。そして日増しにやせ細っていきました。無理もありません。夜ごとに精を抜かれるのですからね。とうとう昼間は疲労でぐっすり眠りつづけ、夜になるとむっくり目ざめて憑かれたようにメロウを抱擁するセックス地獄に陥りました。
 そうなったらもう「健康のためやりすぎに注意しましょう」というビルの忠言にも耳を貸しません。心痛のせいか主人と同じようにげっそりやせた執事がカリオストロに愚痴をこぼします。
「一体全体なんだってメロウはあんなに淫らなんでしょうか。毎朝、旦那さまの寝室から帰ってくるなり、さっそくわたくしのズボンのチャックをおろしにかかるんですよ。わたくしの内なるメロウは貞淑な女性だったはずなのに」
 ビルはじろりとカリオストロをにらみました。
「わたくしの言っている意味がお分かりですか。つまりメロウにはどこか欠陥があるように思えます」
「い、今になって、そんなこと言われても・・・」
 カリオストロは、たしかに自分の趣味でちょっとグラマーにつくりすぎたかなと内心思っていたのでドキッとしました。
「あれには心というものがないのです。 淋シイ淋シイと言いながら肉欲ばかり求めている。一度かっとしておまえには心がないのかと怒鳴りつけたことがあります。バカな話です。人形に話しかけるようなものでした。メロウはそのときも 淋シイノ淋シイノを連発して、ワタシノ心ハ空ヲ飛ンデイルなんて変なことを言うばかりで、手はせっせとわたくしの下半身をまさぐるのですから」
 ビルはため息をつきました。傷心のためか目は落ちくぼみ隈になっています。カリオストロは知っていました。執事のこのやつれ様は彼もまたメロウの肉体の虜になっている証拠なのだと。
 そのときカリオストロはある暗合に気づきました。
「いま、心は空を飛んでいる、とか言いましたね」
「はい。メロウのたわごとですが・・・」
「いやいや、それは重大なヒントですよ」
 カリオストロは考えをまとめるために少しの間腕組みをして黙りこみました。それからおもむろに口をひらきました。
「あなたのおっしゃるとおりメロウは欠陥品かもしれません。そうです、たしかに心がないのです。黄金の、心となるはずだった分で他のものをつくってしまったのですからね」
「す、すると、あの・・・」
「そうです。あの逃げ去ったオウムこそメロウの心だったのではないでしょうか」

 というわけで急遽、オウムさがしがはじまりました。
 ビルはフッガー家の富と名声を利用して国家機関を動かし、王国中に賞金つきの手配書を出させました。しかし、もともと高価な黄金製のオウムですから、捕まえた者が素直に届け出るかは疑問です。カリオストロは職業柄関係の深い石工組合(フリーメーソン)に依頼して連絡を待つことにしました。
 その顛末は「黄金の鸚鵡(仮題)」としていずれどこかで語る機会があるでしょう。
 とにかくそうこうしているうちに、すべてがご破算になる事件が起きました。肝心のヤコブが死んでしまったのです。
 ある朝、いつもよりメロウの帰りが遅いので心配になったビルが寝室をのぞいてみると、メロウの腹の上でヤコブが素っ裸で冷たくなっていました。いわゆる男子垂涎の腹上死というやつですね。
 そんなもんだから屋敷中すったもんだ上へ下への大騒ぎ。訃報を受けて親戚縁者が、あるいは呼ばれもしないのに話を伝え聞いた自称関係者どもが、遺産のおこぼれにあずかろうと大挙して押しかけたので家人は対応に大わらわ。そんななか、いちばんの頼りとなるべき筆頭執事のビルが忽然と姿を消しました。黄金の女、メロウとともに。

 それから半年後。
 天才彫刻師はどさくさに紛れて連れ出した少女・梅麗露を再雇用し身のまわりの世話をさせながら、べつの仕事のため王都に長期滞在していました。
 そこにビルから手紙が届きました。差出人の名前は正式にW・B・イェイツとなっていました。
 私は死にかけている。つきましては貴方にしか頼めないことがあるのでぜひ会いにきてくれ。という切羽詰まった調子の内容でした。カリオストロは梅麗露に留守を任せておっとり刀で指定の場所に駆けつけました。
 そこは小さな漁村でした。海辺に打ちすてられた廃屋のような家でフッガー家のかつての執事とメロウがひっそりと暮らしていました。おそらく失踪後も連日連夜情事に励んだのでしょう。以前よりさらにいっそう衰弱し、骸骨のように痩せたビルの風貌を見て、カリオストロは彼の死期が近いことを確信しました。
「よう来てくださいました。ごらんのとおり、私はじき死ぬでしょう。アレのやりすぎでな」
 ビルが自嘲しました。カリオストロはなんと答えたらいいか分からず黙っていました。
「頼みというのはほかでもない。こいつを改造してほしいのです。これ以上こいつの犠牲者を出さぬようにね、というのは建前でして、本当のところは私の死後こいつが他の男のものになるのが耐えられないからです」
 ビルはメロウをかたわらに引き寄せました。そして床を指さして
「この下に金貨を詰めた袋があります。報酬は私の全財産です。受け取ってください」と苦しそうに喘ぎながら言いました。
 カリオストロはビルの顔を穴のあくほど見つめてからおもむろに返事をしました。
 「承知しました」

 それから一週間ビルは生を長らえました。臨終の日までメロウをはなしませんでした。
「メロウを・・・海へ」
 それが彼の最後の言葉でした。その直後メロウが遺体にすり寄り寝間着のズボンのなかへ手を突っ込みました。
 カリオストロはビルのとった奇異な行動のひとつひとつに説明を求めませんでした。すでに生きてしまった時間に理屈をつけるのは彼の好みではないからです。
 ビルの遺骸をねんごろに埋葬すると彼はメロウの改造にかかりました。まずメロウの両足をひとつに溶かし合わせ、足首だった部分から先を魚の尾ひれのように平たく直しました。こうすれば陰部は閉ざされもう男をくわえこむことはできません。
 あるよく晴れた日の朝。
 カリオストロは上半身ハダカ、下半身サカナのメロウを抱きかかえて波打ち際に立ちました。海は美しく凪いで空はどこまでも青く広がっていました。彼はざぶざぶと海水をおし分けて入って行きました。腰まで浸かったところでメロウをそっと放しました。彼女はカリオストロの周囲をゆっくりまわると、いきなり尾ひれで水面をひと打ちして沖へ向かって泳ぎだしました。
 カリオストロはそれをじっと見送っていました。メロウはその姿を遠い波間に消す一瞬、岸の方を振り返ったような気がしました。



 
 柱時計が思いっきり強く鳴りました。
 その音で、あまりにあたたかい日射しのなか、うつらうつらと舟を漕いでいたリリスがハッと目ざめました。時計の針はちょうど正午をさしていました。
「いつの間にか寝てしまったわ。なんだかくだらない番組のせいね」
 リリスは伸びをして立ち上がり、海が映っているだけの水晶球の映像を消しました。そして晴々と言いました。
「さあて、顔を洗って化粧したら可愛いスカートはいて、また若い男をさがしに行こう、っと」

(おわり)



(注)蛇足ですが、「メロウ」はイェイツの生地アイルランドでは、モルーハ(Moruadh)あるいはムイール(Murrughach)と書き、海(muir)と娘(oigh)という二語からきています。海の娘とは?
 言わずもがな、人魚のことであります。





「付録」 出演者のプロフィール

●リリス 
女優。アダムの最初の妻。のちにサタンと再婚。ジョージ・マクドナルドの作品等に主演したがやがて零落。ホームレスとなってさまよっていたところをヤコブ・フッガーに拾われ復活する。現在ホーエンハイムの妻。

●カリオストロ
山師、医師、占星術師、錬金術師、調理師、電気屋、薬剤師、公認会計士、消防夫、商店主など、さまざまな顔と職歴をもつ。サン・ジェルマンの後継者であり、薔薇十字団の有力メンバーともいわれる。

●W・B・イェイツ
詩人。劇作家。アイルランド文芸復興運動のパイオニア。薔薇十字団の流れをくむ黄金の夜明け教団の重鎮。1939年没。

●ヤコブ・フッガー
豪商。神聖ローマ皇帝や教皇にも融資して財を築いた。大航海時代のパトロン。1525年没。

●梅麗露
CMタレント。アサヒビール漢方製薬(株)開発商品。そのラベルにいわく「中国産の梅の実、山査子、甘草、菊花などのエキスを用い、ほどよい甘さとさっぱりとした酸味に仕上げたさわやかな飲料です」





初出 同人小説集第五号(1990年7月)
当然ながらこの作品はフィクション以外の何ものでもありません。

 








 










 





 


 
 
 
 


 

 

by puffin99rice | 2016-09-01 00:51