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貝殻のコレクションを詩にしてみた

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●ムカシタモトガイ


黄昏が滲みてきますね

あなたは肉体をなくしても

闇をみつめているから

褪せた光でも眩しいでしょう

あなたは何者だったのですか

ひとつの世紀をかけても

答えを見いだせずに

わたしは わたしの出自を

しかと思いだせないほど深く

砂と泥の底に沈んでいるのです



●ヒレツキガイモドキ


高尚ぶっているけど

じつは中身のないところも

上品そうなのに

ひどくゲスなところも

まっとうなようでいて

すごくデタラメなところも

みんな好き と

言ったあなたは

わたしを認めた

最初のひとである



●ネジヒダヨフバイ


なにかを失ってしまった

感覚が くっきりと

水の表皮にあらわれ

泡のようなもの

と思うまに凝固し

とんがったのやら ねじれたのやら

さまざま 不思議なかたちになるが

すると重量を得るらしく

たちまち沈んでいって

二度と同じ姿を見せないのだ



●ナツゾラニッコウガイ


太陽の枝のした

あなたの巨大なくちびるが

ときおり豪奢に開閉して

「神と悪魔は同一である」などと

発語するのを ぼんやり入力しながら

目は あなたの美麗な手の指が

せわしく稼働して 光と風を

不思議ないきものの形に

編み込んでいくさまを

総天然色で収録していた



●アコヤガイ


いつだったかノッポのビルを

エレベーターで昇っていたとき

一緒にいたあなたが突然

「このまま天上まで行けたら楽なのにね」

と呟いたことがあった

かるく聞き流したはずのその言葉が

こわれたあなたの破片のように

わたしの肉ふかくに残されて

いまでは

七宝の光沢を放っているのである



●カラタチボラ(Armoured Vase)


天然が ひそかに仕かけた

するどい突起

わたしの ささやかな居場所に

ふれる者は気をつけろ


わたしのたくらみは

わたし固有の疾患を

美しく みがきあげ

内部を見せずに

全部を語ること



●ガリアハマグリ


ひとばん水につけておいても

口を割らなかったやつは

ドーバー海峡の

ふかい秘密をいだいたまま

なまごみへ

すぐに吐いたやつらの

役にたつ情報は

鳥肉みたいに食され

腸管をくだって

ふんにょうへ



●ノアノハコブネガイ


きまぐれな神が

えこひいきして

生きのびさせた者たちの

うしろめたい文明


こんど やるときは

ミソモクソモ

じっぱひとからげに

おしながして わたしたちを

公平に扱うことでしょう



●キリガイダマシ


ときどき刺のような小事に

大騒ぎしながらも

日々はおおむね

おだやかに過ぎていく

旅のはじめに見たものを

忘れてしまった

すっぱい幸福に

そのうち

しっぺがえしがくるぞ

しっぺがえしがくるぞ



●イトグルマガイ


海底にある駅のホームで

あなたと別れてから30年

関ヶ原の戦いから400年

カール大帝の戴冠式から1200年

大絶滅から65000000年

ビッグバンから13500000000年

過ぎてしまえば星の時間も

人の時間も

おなじこと

一瞬さ



●タマズサガイ


はいらみのゆれる

りるはめにとほし

かさたかひのながながを

ふりやむまあとかたも

みずへびのくびくびりて

ひくひくしやまうばむらに

もえさびることのは

ふみつきのふみのおをふみ

はいらみのかそけく

りるはとわにさらば



●バカガイの仲間


えらくなるのは似合わないし

孤立するのはこわくないし

うまく立ちまわるのは苦手だし

カネもうけには興味ないし

組織する人は嫌いだし

「これでいいのだ」と言ったのは

バカボンのパパだったし

わたしはね とにかく

ちゃんとしたバカだから

バカにするな



●ブランデーガイ


なあ ぼくらもやがて

骨となり あな

のなかで くらす身だ

そうだろう きみ

なあ ぼくらもいつか

水にながされ

海のもくずと消えるんだ

せめて このひとときの放埒を

きみといっしょにすごしたいな

あ もう一杯いかが?



●ミミガイ


その傷口に

ふかく あさく

指を突き入れたい

たかく ひくく

鳴りひびく楽器のように

つよく よわく

抱きしめたい

今日 ぼくは砂浜にねて

ひとの名を そっと囁いた



●ネコガイ


ある夜 月が崩落して

むすうのかけらとなり

地上にふりしきった


一人ぐらしの老婆のために

友達のいない中年男のために

いじめられている少年少女のために


つぎの夜から 月は出なかった

けれど 小さなけものたちの

はたした役割は大きかった



●アサガオガイ


さかさにひらいて

波にうき しずみ

風にさからい

身に沁みたむらさきの

空のはじまりへ

盛りを さかのぼるわたしは

うつくしく涸れていくことを

つよく願いながらも

ほんとうは けんめいに

濡れている



●ユメミルガイ


夜のうちに たどりつこう

月のひかりの一糸ごとに

やわらかな触手のばして

むかし 郷愁をすてた祭壇に

唾はきかけ 眼つぶって

悲傷をあらった水流に

いまいちど 魂ひたして

うしなうほどに味わえる

海のふかさの息吹を

朝がくる前に きみに届けたくて



●コノハザクラガイ


水の樹木がさむさにふるえ

うすい葉をしきりにちらしている

二枚重ねの半透明のそれは

落下の途中でふいに

蝶番がはずれるようにわかれ

またわかれ つぎつぎにわかれて

その下でねむる魂にふりつもっていく

にがい たましいよ

惑星ふかく とどいていた傷が癒えたら

わたしといっしょに ここを出ていこうな



●テンシノツバサガイ


あなたは花環をなげた

花びら 風にさらわれ

そらいろの天に あかく散らばり

なみだ滲んで

あなたの王国は 太陽のなかに

かすかに映えて 消えていくばかり

ああ 世界が大きくかたむいて

あなたは その身をなげた

あなたのからだも 風にさらわれ

うすく透けて もう見えやしない



●クチベニツキガイ


拭っても拭っても

おちないのよ

あなたの身体に

くまなくつけた わたしの

唇のかたちは

熱い血を吐きながら

昼も夜も わめきつづけ

暴露するのよ

あなたの貞淑な妻と

自慢のこどもたちに



●ジライガイ


砂や土を かるくはおって

野や山や 田畑や街なかにも

たくみに棲息しています

踏まれることに敏感です

きれいなのや 可愛らしいのもあって

ときどき子供が手をだしたりします

世界中に分布しています

ヘルスメーター型のもあるかもしれません

デブでもガリでもみさかいがありません

敵も味方もみわけがつきません



●オキナガイ


ある日 波止場に

男たちが集まった

みると老人ばかり

昔の歌と

昔の道理でつくった舟で

沖へ漕ぎだした

あんなに うすい舟で

どこへ行こうというのだろう

あんなに こわれやすく

美しい舟で



●ウミノサカエイモガイ


大昔に 星のちからが

月を ひきよせては

つきはなし ひきよせては

つきはなした はずみで

闇が底から撹拌されて

たくさんの いのちがめざめ

闇のおもてに 光となって浮上したのを

わたしは

昨日のことのように

憶えている



●ワダツミボラ


闇はいつしか いのちにあふれ

いのちは 陸にあがり

生殖をくりかえして

巨大化したり 空をとんだり

歌をうたったり 育児をしたり

栄えに栄えたが あるとき

突然 滅びさったのを

わたしは

明日のことのように

識っている



●カフスボタンガイ


月の浜辺でひろった

ボタンのことを

ある詩人が書いていた

空からおちてきた

小さな きらめき

そんなふうに

折々 心にとめられ

やがて 忘れられたものたちが

満天の星となって

輝いているのだ



●チョッカクガイ


そういえば わたしたちも

遠い昔に 天からおちてきた

たわいもないもの

あどけないもの

やくにたたないもの

しかし ひとすじ心にしみるもの

の末裔

奇妙な形に展開し

ひととき闇をにぎわした

もっとも古い種のひとつである



●ミスガイの仲間


大切なことは目にみえないと

星の王子も言っていた

みずからを消耗するだけでは

たのしみがないぞ

わたしはわたしに向かって遠ざかる

あるいは わたしから無限に近づく

ついに去就を告げる者よ

目をとじて宇宙のへりを思え

なあんちゃって もうちょっと

肩のちからをぬきたまえ きみ



●ラナガイ


世界からはみだした

得体のしれないものが

億万の星をたどって

この惑星に逢着したと

伝説はいう

蒼い火焔をまとった

ガス状知的物質

きまった形も重さもなく

宙を浮遊していた

ヘルモン・エーテル・ラナ



●ラナノツキガイ


蒼いヘルモンのひとつが

肉体を獲得して

不死を手ばなしたとき

いきものが生まれた

土に浅く 花はめざめ

水を悩み 夜がひらき

もろもろの傷を成熟のために

さまざまな夢を悔恨のために

築き上げては突き崩し

突き崩しては築き上げ



●トキワガイ


夜がひろがる

わたしのなかを

愛したひとも 愛されたひとも

星の高さへ消えていった

墜落の夢からさめて

なつかしい名前を呼べば

夜がひろがる

わたしのそとに

愛したひとも 愛されたひとも

もう還ってこないのだ



●オワリガイ


風に吹かれて からから

ゆれる からっぽの殻から

ひとしずくの水がこぼれる

かつて そこに棲んでいた

いきものの ゆめの残滓か

砂のあらしを たえまなくかぶり

千年ののちにあらわれる

美しい形骸を 愛でるひとも

かつて そこに棲んでいた

いきもののことは知らない








初出    個人詩誌「風羅坊」 (2000年11月30日)


(注 )じっさいには存在しない貝名がいくつかあります。








by puffin99rice | 2016-10-01 00:01