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さよなら けふのうた

けさ 余白を愛した
ひとしきりむせて 詩をひとつ
てのひらに喀血した
それを地図でも見るようにながめた
窓をひらいたまま

妻が壁から涌いてきた けふは泉のようだと思った
きのふは鳥のようだった おとといは
忘れた

編み物をはじめた 籐椅子をゆらして
妻が言った
「いろんなとこへ 行ったわね」

たしかに いろいろな所へ 行こうとしたな
追憶の観覧車にのろうと
全速力で走った つまずいて倒れた

妻は 思い出を編みこんだ
とめどもなく喋った 笑った 泣いた
電話が鳴った

ぼくは 皿を割り 石を投げ
誓願と恭順を いくたびも こわした
衰弱へと向かう はるかな水流よ

「どこまで話したっけ」 妻が言った

「どこまで聞いたっけ」

それから ふたり おし黙った
妻が ぼくの手をとった あつい
あつい あつい 妻の手
それは ぼくの体熱が 急速に
失われたせいなのだ

妻が あわてて 窓を
窓を 乱暴にしめた 窓が
乱暴に 妻を

ぼくは風になった

おわりのない余白を
吹いてゆくばかり




初出 現代詩フォーラム( 2004年1月6日)

by puffin99rice | 2017-08-28 23:38